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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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1:渡界術

 エレ・ナパス・バザディクァス。

 ナパスの民の世界。僕は見たことはないが、とても自然豊かできれいなところだったと郷愁に瞳を濡らしながらセラは語った。

 セラはそんなエレ・ナパスのレオファーヴ王とフィーナリア妃の三番目の子として二十二年前に生を受けた。歳の離れた兄と姉を持つ末っ子として家族全員から可愛がられた彼女は、三歳の時に両親から送られた円柱状の水晶の耳飾りを今でも大事に右耳から垂らしている。


 エレ・ナパスは王族と民の距離が近く、それはもう家族の様だったとか。王城の門はいつなんどきも解放されていて、民の出入りも番兵に軽く身体検査をされるだけで可能だったし、王族も散歩がてらに城下町を歩いた。

 五歳になったセラは初めて一人で城下町に降りた。

 一人で歩く城下町はその青玉サファイアの瞳を爛々と輝かせ、白金プラチナの髪をあっちへこっちへと踊らせた。しかし、彼女はまだ五歳だった。前へ前へと進むが、後ろを振り返ることはない。

 町の路地で迷ってしまったのだ。

 迷った彼女はとにかく走った。走ればどこか知っている場所に出られると思ったからだ。しかし、むやみやたらに走ったところでどこかに出られるほど、彼女の運はよくなかった。

 ついに彼女は走るのをやめ、その場にしゃがみ込んだ。サファイアの瞳を涙で輝かせ、プラチナの髪を小刻みに揺らすその時だ、セラがズィーと出会ったのは。

 薄暗い路地を紅い閃光が照らし、セラと同年代の、紅玉ルビーの髪と瞳を持つ男の子が突然現れた。

 ズィプガル・ピャストロン。僕の恋敵になった男だ。

「お、どこだよ、ここ、ちくしょー、また失敗かよー」

 ズィーは大仰にひとりごちるとセラに気付いて、乱暴に声を掛けた。

「おい、お前」

 セラはビクッと震えると顔を上げた。その顔は王女らしからぬものだった。涙と鼻水でぐじゅぐじゅでズィプガルもさぞ引いたことだろう。

「……お前、どっかで会ったか? 見たことあんぞ」

「セラ……帰りたい、の」

「帰ればいいだろ? 跳んで」

「……」

「まさか……跳べないとか?」

 セラは答えずに下唇を噛んでズィーの目を真っ直ぐと見つめた。

「うぅぇ……まじかよ。お前、跳べねえの。……仕方ねえな、おれが一緒に跳んでやるよ。ま、どこいくか分かんねえけど、文句言うなよ」

 そう言ってしゃがみ込むセラの肩にズィーが手を触れようとしたとき、路地が今度は黄色い閃光で照らされた。

「セラ、見つけたぞ、お? 友達か?」

 現れたのはブロンドの髪をなびかせるビズラス・ヴィザ・ジルェアス。ナパスの英雄『輝ける影』こと、セラの兄だ。

「おうぇーっ! ビズ!?」

 ズィーはそれはそれは大きく目を見開きながら尻餅をついた。

「おぅおぅ、大丈夫かい君? 驚かせちゃったな」

 ビズは自分を見て驚いた男の子に手を差し伸べて立たせると、尻についた土ぼこりを払った。

「お、おれ! ビズみたいな戦士に憧れてます! 握手してくださいっ」

「いいけど、握手しても俺みたいにはなれないよ。しっかり修練に励むことが大事だよ」

「うん! おれ頑張る!」

 と、そんなやり取りをセラは兄の背中に隠れながら見ていた。その目にはもう涙はなく、表情は安堵で満たされている。

「よし、じゃあ、帰ろうかセラ。帰りが遅いからみんな心配してるよ」

「ごめんなさい……」

「君、確かピャストロンさんとこの子だよね、君も送ってあげるよ」

「あ、おれ、ズィプガルです! おれは一人で帰れます! 跳べますから!」

 ズィーは得意気にセラに目を向けた。セラはそれにむすっとした表情を返した。

「そうか、君はその若さでもう渡界術ナパードができるのか」

 この言葉にズィーは嬉しそうに笑うが、そのは束の間の喜びだった。

「でも、こんな場所に跳んでくる意味がちょっと分かんないな。コントロールできないなら目で見えていない場所に跳ぶのは危険だ。別の世界に跳んじゃったら帰って来れなくなるかもしれないしね。俺が送るよ」

 諭すようなビズの言葉にズィーは静かに「はーい」と答えるのだった。


 ここで渡界術ナパードについて説明しておこう。

 渡界術ナパードは渡界人(ナパスの民)特有の移動法だ。近場への瞬間移動をはじめ、異空を渡り異世界へと移動することができる。異世界についてはまた今度、タイミングを見て説明することにするけど、道具を使わずに世界間を移動できる方法を持つのは僕の知る限りナパスの民だけだ。

 そして、このナパードこそ、エメラルドという要素をその容貌に持たないセラが、後に『碧き舞い花』と呼ばれる所以となっている。


 碧き閃光が花のように咲き、舞い落ちながら消えてゆく。

「ぅうぇ……」

 エレ・ナパスの王城と城下町に沿う形のミャクナス湖畔。

 そこでナパードの練習をしていた五歳のセラは、たった数歩の距離を移動しただけで草陰に嘔吐した。

 ナパード酔い。これはナパスの民にとっては誰もが経験する通過儀礼のようなものだ。ナパードに慣れ、うまく使えるようになるまでこれを繰り返す。

 ここで、ナパードを何度か経験したことのある僕からアドバイス。ナパスの民と一緒に跳ぶときは食後はやめておいた方がいい。着いた先で醜態をさらすことになる。

 と、話を戻そうか。

 先日の路地での一件で、セラはナパードをすぐにでも習得したいと両親と兄姉に告げた。彼女は負けず嫌いなんだ。今でもね。だから、このときもズィーに得意気な顔をされたのが相当悔しかった。まだ早いと家族は彼女を宥めたが、一向に聞かない彼女についに家族が折れた。誰かの手が空いたとき、その人と一緒にという条件でナパードの練習をさせることにしたのだ。

「あらあら、大丈夫」

 そう言って、初めてのナパードを終えたセラの背中を擦るのは母であるフィーナリアだ。薄黄緑色の瞳が微笑ましく我が子を見ている。

「お母さんも最初はそうだったわ。あのビズだって」

「ビズ兄様も!?」

 落ち着いたセラは驚いた顔で母の顔を見た。

 そんなセラにフィーナリアは昔を懐かしむように微笑ましく、

「ええ、今でこそナパスで一番ナパードが上手いなんて言われてるけど、最初の頃はゼィロス伯父さんに『へたくそーっ!』って、こっぴどく怒られてたわよ」

「ゼィロス伯父さんは今どこにいるの?」

「さぁ……どこだろうね? セラはゼィロス伯父さんに教わりたかった?」

「ううん」セラは首を横に振る。「ゼィロス伯父さんって怖そう。小さい頃一回だけ会ったことあるけど」

「うふふ、確かに。さ、もう終わりにするの?」

「ううん、やる!」

「そうこなくっちゃね、じゃあ、もう一度、お母さんがやるのを見てからね」

「うん!」

「ゆっくりやるからね、ちゃんと見てるのよ」

 そう言って立ち上がり、セラから少し離れると、フィーナリアの淡青紫アジサイ色の長い髪がふわりと浮く。すると、淡青紫色の閃光と共にフィーナリアの姿は消え、すぐさま、今さっきいた場所から歩いて数歩の距離に閃光と共にその姿が現れた。

「さ、セラの番、やってみて」

「うん!」



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