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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会
198/535

195:準備万端

 変態術の杯に空きを作るための五日間はセラにとって勉強の期間となった。大小の収穫を得たことは間違いない。

 ナパスの民とは言えど、セラはまだまだ渡ったことのある世界が少ない。ましてや戦士としては数えるほどしかない。だから見聞が少なかった。

 だが、今回彼女は様々な世界の戦い方を知ることができた。

 モノノフの気魂(きこん)法、バルカスラの多体(たたい)戦闘術・バルードをはじめ、多くの戦闘技術を目にすることができた。それが大きな収穫。

 そして小さな収穫はというと、彼女は目にした技を出来そうだと思ったものは真似をしたり、直接その技術を使う戦士に教えを請うたりした。

 さすがの彼女でも短い期間では真髄まで辿り着けず、多くは習得できなかった。まあ、それでも常人に比べれば多いと言わざるを得ないのは言わずもがなだけどね。さすがはセラだ。

 もちろん、成長の外でも収穫はある。友が増えたことだ。

 マツノシン、ノーラ=シーラはもちろん、五日目には彼女は多くの者と笑顔を、会話を交わしていた。ゼィロスのもとを目指すことが惜しまれるほどに。

 惜しまれることといえば、燕尾服二人。特にキノセだ。結局この五日間にセラは彼と打ち解けることができなかった。

 彼は頑なに彼女との組手を断り続けた。セラが根気強く声をかけ続けたというのにだ。


 まったく、セラにそこまで執心させる男は僕だけでいい! もっと僕のことを考えてくれればいいんだ!……そう、そうして彼女がマグリアへと足を運んでくれていたのなら、マグリア、いや、ホワッグマーラの未来は大きく変わっていたに違いない。いいや、彼女を責めるのはお門違いだ。僕としたことが、感傷に浸ってしまった。すでにこの時点でマグリアはおろかホワッグマーラは窮地に立たされていたのだから。

 あのふらつきが後にホワッグマーラを震撼させることなど、誰が考えられただろうか……。

 すまないね。話が逸れた。セラフィが再びホワッグマーラを訪れるのはまだ先のことだ。この話はまたその時にするとしよう。


「渡りの民の少女よ」

 セラのために用意された部屋。湯浴みで汗を流し、布一枚でその白き肌を守る彼女のもとへ『変態仙人』がやってきた。友である緑色で一つ目、カッパ・カパ・カッパーを連れて。

「ズエロスから報せがあった。前もってテングからも。故、潜り戻って来た」

 セラがゼィロスと共にジュコに向かったことで一人で行動していたカッパだったが、彼にはゼィロスやテングと連絡を取り合う術があるらしい。セラはそれを知りたい気もしたが、今は抑え、話を聴くことに徹する。

「イソラ、リュピが黒き者たちが密かに取引をする商人を見つけた」

 セラが真剣な表情を見せる。下ろし、濡れた白金の髪から雫が一つ、ぽつりと落ちた。ちなみに、カッパの言うリュピとはもちろん『鍵束の番人』ルピ・トエルのことだ。

「その報せを受けたズエロスは二人に同行したのだ」とテング。

「それからカッパに連絡があったってことは」セラはタオルで髪の水気を取る。行動こそ平和的だが、サファイアは戦意に燃える。「奴らを見つけた? グゥエンダヴィード?」

 カッパは首を横に振る。「否だ」

「え、じゃあ――?」

「焦るでないぞ。吉報に変わりはない。ズエロスたちが見つけたのはグウェ、グウィ……」カッパは挑戦した。だが、諦めた。「本拠地ではないが。拠点の一つだ」

 やはりクァイ・バルの人間に他世界語の発音は難しいらしい。

「お主が戻ったら直ちにエアンダという者と共に向かわせろと、今しがたの報せだ」

 カッパの報告はそれで終わりのようだった。どうやらカッパはセラの兄弟子を知らないらしい。

「して、あの自由なる子は?」

 テングがセラに問う。セラは一瞬顔を落としたが、わずかな笑みと共に応える。

「今は手が離せないの。でも、必ず力を貸してくれる」

「さいか。して、カッパよ。わしも聞いておらんが、渡りの民の少女はどこへ向かうのだ?」

「崩壊せし世だ」

「それって、ヲーン?」

「さいだ。渡りの民はそう呼ぶ」カッパが応える。「彼の地は世界として力が弱い故、巧妙に隠れておるこの地と似て、知らぬ者はそうそうに辿り着かん。そこをズエロスは安全と見て、合流地に選んだのだろう」

「そっか。じゃ、準備したらすぐ行くね、わたし」

 右耳を出すようにして、髪を後ろで結わえるセラ。これで頭の準備は完了。水晶の耳飾りが光る。

「うぬ」頷くテング。

「場所を知っておるようだ。わしが同行せずとも行けるなら何よりだ。彼の地は危険極まりないでな、あまり行きたくないのだ」

 クァイ・バルの住人であるカッパが危険と感じるのは、ヲーンの環境面ではなく脆さだろう。変態術を体得していようとも瓦礫に潰されてしまえばひとたまりもない。

「そうだね。変態術も意味ないし」

「さいだ」

 一つ目を閉じてうんうんと頷くカッパ。テングも「さいだ、さいだ」と笑っていた。セラも小さく笑う。

 長い笑い声が止み、沈黙が訪れる。誰も動こうとしなかった。

「……」ようやく、テングが訝しむ。「渡りの民の少女よ、なぜ準備しない? わしらは待っておるのだぞ?」

「え? わたしは二人が出てくの待ってたんだけど……着替えるし」

「これはこれは! わしとしたことが」

 カッパが退出しようとする。だが、テングは「ぞ?」と首を傾げる始末。すかさずカッパが三つ目の赤い友を連れ出す。

「テングよ。お主は妻も娘もおらんからそうなのだ。正真正銘の『変態仙人』になりたくなければ出るのだ」

「う、む?」

 理解できない様子のままのテングをセラは見送った。

「準備が出来たら呼んでくれ。セラよ。外で待っとる」

「はい。じゃあ、またあとで」

 部屋を出ていいった男二人。セラはそっと息を漏らす。そして、身体をくるむ布を盛大に取り払い、麗しき肌を惜しげもなく世界に晒す。彼女の自前ではないのは首から下がる『記憶の羅針盤』と右耳の耳飾りだけである。

 部屋にあった置物やら花やら家具やらが見惚れる中、雲海織りの衣服に身体を通し、ブーツとグローブをはめ、腰に薬カバン、背中に行商人のバッグ、そしてオーウィンを背負った。

「よし」

 準備が整い、小さく声を漏らすセラだった。

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