194:モノノフと双子
「軍神ブレグ様の知り合いっ!? セラフィ殿は女神様であらせられるか!?」
今セラフィが対峙するのは兜に甲冑姿で太刀を構える、マツノシンという立派な髭を蓄えた壮年の戦士だった。彼は太刀に炎を纏わせていて、セラはそれを見て、オーウィンにマカで炎を纏わせてみせたのだ。膜を張れるのなら、次の段階はその性質を変えることだと。
彼女のその姿を見て驚愕したマツノシンに対して、セラがマカのことを異空でも名の知れたブレグ・マ・ダレの名を交えて説明すると、彼は彼女を女神と呼んだのだった。
「我らモノノフに神秘なる力をお与えくださった神の世よりの使い。それがブレグ様です!」
「マカを? ブレグさんが?」
セラは首を傾げざるを得なかった。マカをホワッグマーラ人以外が使うには特殊な方法が必要だ。激痛を伴う方法が。魔導書館司書であるヒュエリ・ティーでさえマカを異界人に教えたのはセラが初めてだと言っていた。
「あ、でも、前例を調べたって言ってたな……」
セラは司書が言っていたそれがブレグなのだろうと考え、これより行われるモノノフとの組手に集中を向ける。
「さ、やりましょうか」
「女神様とお手合わせできる喜び。噛み締めながらやらせていただきます!」
「……わたし、女神じゃないんだけどなぁ」
先生の次は女神かと半ば呆れるセラ。向かってくる炎の太刀を受け止めた。熱気と輝きを放ちながら炎が舞う。
「?」
太刀に意識を向けたセラは何か引っ掛かりを感じた。明言できない違和感だ。
彼女が頭の中で訝しんでいると、モノノフ、マツノシンは「はっ!」と声を発した。ただ声を発したわけではない。気迫が込められているものだ。
その声は風圧を産み、オーウィンの炎を消し去った。
「!?」
セラはその気迫にマカとは違う感じを覚えた。これだと彼女は思った。そもそも彼が太刀に纏わせている炎はどうにも魔素を感じなかったのだ。彼が使っているのはマカではない。マツノシン自身がブレグより力を与えられたと発言したことでマカなのだろうと思考を固定してしまったが、マカとは違うモノノフ特有の技術。そのうえでブレグがその使い方を教えたのだろう。
考えを至らせながらも彼女はすぐに対処する。熱源を押し退け、マツノシンの横にステップを踏んで回り込む。
兜に甲冑では動きが鈍いであろう相手。簡単にその正面から出ることができた。そのうえ長い太刀では至近距離の対応は難しい。彼女は相手に動く間も与えずに胴に斬り込んだ。もちろん、マカの膜を再度纏わせて。
「っんだぁうぅあああああああああああっ…………!」
マツノシンが上げたのは痛みに伴う声ではなかった。またも気迫の声だった。それも長く、途切れない。まるで雄叫びだった。
「うそっ……」
オーウィンはモノノフの身体を捉える寸前で動きを止めていた。セラが止めたわけではもちろんない。むしろ彼女は力ずくに剣を振り抜こうと腕に目一杯の力を込めていた。それなのに、びくともしないで宙に留まる。
いいや、留められている。
何か、目に見えない力に押し返されている。それは衝撃波のマカに似ているが、瞬発的ではなく、恒久的にその場で彼女の剣撃に耐えている。
しびれを切らせ、セラはナパードでマツノシンから離れた。
「んあっ!」マツノシンはようやく雄叫びを解き放った。顔はずっと力を入れていた後のように真っ赤だ。「どうです、かな、はぁ、んぁ……女神様」
息を切らしながらもにこやかに歯を覗かせるマツノシン。年の割に幼い笑顔だ。母親に自身の出来るところを見せて喜んでいる子どものようだった。
「すごいです」セラは単純に思ったことをそのまま告げる。「驚きました」
「そうですか、はぁ、では、続きを……」
「いいですけど……大丈夫ですか? すごい疲れてません?」
「いやいや! はぁ、この程度、っんぁ、モノノフにとっては、なんてこと、ありませんよ」
「そ、そうなの?……なら」
少々戸惑いながらも、セラはオーウィンを構え直した。
セラは二人の少女と拳を交える。一人は赤髪短髪、もう一人は青髪長髪の双子だ。髪の色と長さこそ違えど目鼻立ちから身体つきまでまるで同じという完成度の二人は、赤髪をノーラ、青髪をシーラといった。
そして、連携の完成度も上々。二人はまさに一心同体だった。それはイソラ・イチとテム・シグラのそれを超えるものだった。
それもそのはず、ノーラとシーラは誰もが双生児以上で生まれてくる世界バルカスラの住人なのだ。
その世界の住人は一つの意思、思考に対して身体が複数あるという性質を持って生を受けるため、他世界の多生児とはわけが違うのだ。
複数人だが、一人。
だからセラが今戦っている彼女たちは実際にはノーラ=シーラ、もしくはシーラ=ノーラという人物であり、一つの意思のもと行動しているのだ。
さらに、バルカスラ人には特異な能力がある。それがいまセラに対して披露されている。
双子が互いに引き寄せ合い、押し弾き合いをしているのだ。互いが互いの身体を遠隔で動かしていると言ってもいい。
セラが好機とシーラに蹴りを入れようとすると、ノーラが相方に手を伸ばす。するとふわりとシーラの身体がセラから離れた。そして離れていくシーラが相方に手を伸ばすと、反対にノーラが音もなくセラに迫ってきたのだ。そして二人がそれぞれ動いたときには足は動いておらず、軽く宙に浮き上がり、滑るように移動したのだ。
そしてその引き合い、押し合いは回避や隙を突くためだけに留まらず、普段から連携に組み込まれている。
二人が同時に相方を引き上げることで、浮遊を続けながらセラの周りを旋回したり、一度も地に足を着けずに華麗に連続する乱打を繰り出したりするのだ。
不思議な力で行われるそれらは、ただ単に二人の人間を相手にしているのとは違った独特な動きを見せるのだった。互いを支援し合う二人の動きは超感覚でも気読術でも読みずらいもので、セラは翻弄される。しかしそこに悪魔との戦いの時に感じた恐怖や不安はなかった。
彼女は楽しめていた。