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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会
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192:怒りの拳

 ビュソノータスでジュランの空中での立ち回りを見て圧倒されたセラだったが、それはケン・セイの空中闘技に対してもだった。

 ケン・セイははじめ、セラの戦い方を検査するように立ち回った。初めて見る戦い方に興味津々といった様子で。しかし、これ以上はないと思ったのか、速くなる。まるで翼が生えたかのように、華麗に舞う。これが正真正銘の天馬だった。

 セラはその動きについていくのがやっと、受けることで手一杯になった。衝撃波のマカを足の裏から放つことがおざなりになっていく。

 そしてついに。

「ぁぐっ……」

 彼女の背中に師範の蹴りが突き刺さった。

 今まで高いところから落とされてきた彼女だ。それらに比べれば大した高さではない。勢いはあるが受け身で流せる。

 考え通り、セラは着地に合わせて体を丸め、上手いこと床を転がって勢いを殺した。目が回ったなどとは言ってられない。止まった場所、背後にはすでにケン・セイの匂い、気配があった。かと思うと、風通しの良さそうな服が起こす衣擦れ音。刀が振り下ろされている。

「んっ!」

 彼女は身を落とした体勢のまま、片手を床に着き、翻る。もちろん、もう一方の手はオーウィンを振るう。体勢は悪いが間に合う、彼女は一瞬でそう判断したのだ。

 ポュィンッ――!

 魔素の膜により微かにくぐもった軽快な金属音。その直後、彼女の顎めがけてケン・セイが刀の柄を手の平で弾いた。

「!」

 セラは顔を逸らす。視界を木目調の柄が縦に割る。その最中、着いた手の位置を変え、足を振り上げた。ケン・セイの顔を狙う。

 しかし彼女のブーツの底はケン・セイの手に納まった。そして、宙を回っていたケン・セイの刀も彼の反対の手に逆手に納まった。

 ケン・セイは刀を彼女目がけて振り下ろす。

「そこま~でっ!」

 どこか間の抜けた声にケン・セイは動きを止めた。そして「分かっている。当てる気はない」と言って刀を納めると、セラの足を離した。

 足が自由になると同時に彼女は身体を回転させて立ち上がった。そして、声の主の方を見る。

「メルディンと言ったか」ケン・セイも声を発した者に目を向ける。

「お初にお目にかかりま~す」

 恭しく深々とお辞儀をするのは、後ろの裾がくるんと反り返った燕尾服を着た男だった。月の入り直前の上弦の月を思わせる、丁寧な笑みに細くなった目。所々に黒が入った長い白髪が丁寧に編み込まれ、一本の綱になって首に巻き付いている。見たところケン・セイよりわずかに年増のようだった。

「わたくしはメルディン・ヲーファ。不肖ながら『界音(かいおん)の指揮者』のめいを受けております」

 賢者。

 セラは注意深く男を観察した。彼から感じる活力から類推される実力はケン・セイはおろかセラや若き戦士たちもに及ぶとは思えなかった。気配でもそうだ。しかし、訓練グループで指導する立場にある人間だ、特異な戦い方をするのかもしれない。

「ケン・セイ様に御存じ頂き、誠に恐縮いたす次第であります。若くして『闘技の師範』と称されるケン・セイ様の戦いぶり、さすがでした。これまで不動を貫いておいでで、実は名ばかりで実力が伴わないのではないかと、声を掛けるのを憚っていた所存だったのです」

 微笑みを湛えながらのメルディンの物言いに、セラは眉をひそめた。明らかにケン・セイの方が上手うわてだろうに、目の前の男はまるで自分の方が強いのだと言わんばかりだ。微笑みに嘲りが混じって見えた。常に笑んでいるかのように細められた目は仮面なのではないかと思ってしまう。

 セラがそんなメルディンに目を向けていると、彼の後方からセラと同い年くらいの青年が一歩前に出て二人の間に割って入った。

「おい、お前。メルディン様を睨むなよ」

 後ろの裾が螺旋を描く燕尾服。メルディンと同じく所々に黒が入った白い髪は短いので編み込まれていないが、後方に向かってしっかりと撫でつけられている。瞳は開いていて、瞳孔に五本、横に平行線が走っている。そんな目がサファイアを睨む。

「別に、睨んでないけど」とセラは青年を睨み返す。

「こらこら、やめなさ~い。キノセ。彼女があの大会の準々決勝で敗れた『碧き舞い花』だということは知っているだろ~う?」

「ふんっ。『碧き舞い花』」

 キノセと呼ばれた男は鼻で笑った。

「……!」

 二人の態度に彼女はサファイアに怒りの色を含ませる。メルディンの言うあの大会とは『魔導・闘技トーナメント』のことだ。準々決勝で天才フェズルシィに敗北したことは事実だが、ベスト8という功績ではなく、力が及ばなかったことをわざわざ言ったことが腹立たしい。さらに、気に入っているわけではないが通り名を鼻で笑われたことに、自分だけでなく大会で腕を競い合った全ての参加者を馬鹿にされたように感じた。

「ん? なんだよその目。怒ったなら斬るか? 俺を」

 オーウィンを握る手に力が入る。ケン・セイとの戦いが終わったことでマカの膜は取り払った。相手とは絶好の間合い。斬ろうと思えば間違いなく斬れる。キノセは分かってその場に立っているように思えた。すべてはセラを挑発するために。

 したり顔のキノセにふつふつと怒りは増していく。

「セラフィ。落ち着け」

「ケン・セイは頭に来ないの? こいつら」

「頭に来るかは、関係ない」ケン・セイの声は落ち着いている。「俺たちは、同じ目的のため、集まった」

「……」

 周囲の戦士たちが何事かとざわめき始めている。ここで仲間割れのようなことを起こせば、組織としての統一に支障をきたしてしまうかもしれない。伯父を含め、多くの人間に迷惑をかけてしまう。自分だけの問題ではない。

 やり場のない怒りは、彼女の心の中をぐるぐると回る。協力するために集まったというのに、どうして喧嘩を売られなければならないのか。

「さすがはケン・セイ様。落ち着いていらっしゃる」メルディンはまた深々と頭を下げた。「ではお互い、目的のために精進いたしましょう」

「ああ」

 ケン・セイの短い返事を聞くと「では」と踵を返す指揮者。悠々と歩きだす。

 セラはそれを見てオーウィンを背に納める。

「ふんっ。腰抜けか」

 指揮者に続き、去ろうとしたキノセの言葉。セラは耐える。螺旋を描く燕尾服の背を見送る。しかし、見送っていると段々と苛立ちが増していった。やはりマグリアで出会った友人たちまで馬鹿にされたのは許せなかった。

 だから、彼女は耐えなかった。耐えなかったのだが、師範に許しを得たのだから上出来ではないだろうか。

「ケン・セイ」

「ん?」

「組手で友好を深めるって、ありかな?」

 ケン・セイが小さく息を吐いて笑う。それを了承と受け取った彼女はつかつかと燕尾服を追い、追い付くとその肩に手を置いた。

「ん? なん――」

 振り返りざまのキノセの頬にセラの拳はきれいに入った。

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