187:同盟
『蒼白大戦争』とその後の語られぬ死闘の終結。
八羽のジュランはその地の英雄となった。死闘の行われた島からビュソノータスの各地に向けてそのことが伝わるは早く、戦いの三日後には全蒼白が八羽に沸いた。零れた葡萄酒がテーブルクロスを早々に染めるように八羽の英雄一色となっていた。
どの部族かに関わらず蒼白人の民族性というものは、団結、意思の共有の強さというところにあるようだ。だからこそ、それぞれの部族が覇権を握るために一致団結したり、三部族が争っていようが全部族が八羽を異物と恐れたり、ジュランとプライが回帰軍を結成できたりしたのだろう。
共通意思によりまとまる。
元々それぞれの部族が手を取り合っていたという過去は頷けるというものだろう。だがそれがあだとなって、三部族はばらばらとなり、部族長たちは『夜霧』を迎い入れ、『白旗』の策謀に仮初めの回帰をした。
しかしもう、彼らが袂を分かつことはないだろう。それほどまでに、八羽の英雄の存在は色濃く蒼白の地を染めた。
恐らくジュランが八羽ではなく、ただただ普通の天原族として原点回帰に向けて運動をしていたら、三部族の再集結はもっと早かったかもしれない、という仮定はなしだ。彼が八羽だったからこそ、ビュソノータスの絆は強固なものとなったのだから。
しかし、新生ビュソノータスの開闢にはまだ早い。
「我々と戦争して勝てるとでも?」
戦いに伏したと思われた『白輝の刃』の将軍デラヴェス・グィーバは白きマントに身を包みながら豪華な椅子に納まり、対するジュラン、プライ、そしてセラに不敵な笑みを向けた。何とも戦場で倒れた者とは思えぬ健やかさだ。
セラとプライはサパルと共に戦いの後、ズィーのいるサパルの施術室に入り数時間を過ごした。さらにそれから三日、『白旗』の城にて休息を取った。セラの左肩周辺の骨折を含め、大きな傷はなくなったものの、それでも二人はまだまだ戦を終えた者といった体で、さらに言えばサパルとズィーは未だに与えられた部屋で寝ている有り様だった。
それなのにこのデラヴェスだ。いいや、デラヴェスだけでなく、戦争を生き残った憲兵たちは皆、ピンピンとしてその仕事をこなしている。
「今の俺たちならいけるかもな」
ジュランが言い返す。しかし間髪入れずに「調子に乗るな」と隻翼のプライが諌める。
「もう、この地で争いなんてさせるか」
「あ、おう! 分かってら、そんなこと。冗談だよ、冗談」
「ふん」プライは小さく口角を上げたのち真剣な表情になると将軍を見やった。「デラヴェス将軍。貴方はこの地を一つにまとめ上げた。やり方はどうであれ、民は貴方の統治に反発しなかった」
「ごくわずかはコソコソとしていたようだがな」
「しかし今、戦禍残るこの地は八羽を、ジュランを英雄とし、皆がこいつの導きを求めている」
「まぁ、な」と小恥ずかしそうに、だが得意げな表情でジュラン。
「民衆の力は、時としてたった一人の絶対者の力をも上回るものだ。そして、一度超えれば覆ることはない。でしょ?」
一つの世界の行く末が決まろうとしている場にはふさわしくなかっただろうが、セラはわざとらしく将軍が会食の時に述べた言葉を、得意の物真似と共に披露した。さすがの彼女も将軍の低い声を完璧に真似することは出来ないようだったが、言い回しや表情は見事なものだった。
「……確かに、民衆の意思は覆った。しかしどうだ? 彼らは我らを追い出そうと働きかけているか? 事実、此度の戦、最後こそジュラン殿の活躍が目立ったが、我らも戦っていたことを彼らは知っている」
「だからこのまま、居座ると?」とプライ。
「同盟を結ぼう」
「何?」
プライは眉を顰める。それを見やるとデラヴェスが口を開く。
「引き下がるなどの恥。俺に撤退の意思はない。そちらは今まで通り伝統工芸を定期的に納め、こちらは他世界の物品を納める。さらには、この地に火の粉が降りかかれば我らが兵力で振り払おう。それが互いの落としどころだろう?」
「裏があるんでしょ?」
セラはキッとデラヴェスを睨む。『白旗』の支配のやり方は武力に頼ったものではない。策謀を張り巡らせているに違いないと思ったのだ。
「もちろん」
「……!」
堂々と言ってのける将軍に三人はそれぞれ彼を睨む。
「ふんっ。言ってしまえば、俺はこの地には興味がない。本国での名声のための足掛かりでしかないのだ、こんな辺境の極寒地獄」
「言ってくれるな、おい」
「すなわち、俺はこの地で一定の成果を上げた後、新たなる地へと足を向ける。死神の首があればとうに本国へと帰っていたことだろうがな」
彼はセラの目を一瞥した。
「時期が来れば出ていくと?」とプライ。
「約束しよう。しかし、俺がこの地に興味がなくとも、輝ける者たちは違うだろう。俺の後釜がこの地を支配することになるだろうな」
「何それ、結局『白輝の刃』がこの世界を離れることはないってことじゃない」
「それはこの地の者たちの問題だ。しかしまあ、俺が統治者である内に良い関係を築くことが出来るとしたならば、輝ける者たちも等しき同盟関係を継続するかもしれんがな」
「それは場合によっては留置をやめ、完全にこの地から去るということもありえる、そう捉えても?」
「ああ」プライの問いに頷くデラヴェス。「しかし、逆も然りだということを忘れるな、プライ殿」
「ご忠告ありがとう、デラヴェス将軍。では、俺たちはこれで失礼する。互いにひと時の良好な関係を築けるよう、尽力しましょう」
頭を大袈裟に恭しく下げるプライ。
「ふん。では、まずは戦の跡地である市場に憲兵を送るとしよう。復興に人手が必要だろう」
頭を上げたプライとデラヴェスは互いの腹の内の内まで覗き込むように視線を交えたのだった。
セラとジュラン、特にジュランは置いてけぼりといった表情でそんな二人を見ていた。