184:偽りの笑み
「ジュランは、回帰軍のみんなは、ずっと三部族が一つになることを望んで活動してたの!」
罵詈雑言の中、セラは声の限り叫んだ。さすがの彼女の麗しき声とて、大衆の不均一でまとまりの声のなかでは際立たず、埋もれてしまう。
サパルの言った通り、彼らの考えは改まっていない。回帰軍は敵であり忌むべき対象のままなのだ。
だからこそ怒号だけに留まらず、石が飛ぶ。だが真っ向勝負では勝ち目はないと分かっているのだろう、どんなに数が多かろうと束になってジュランに襲い掛かっていく者はいない。
ジュランは俯き、飛んでくる石は意に介さないでいる。さすがにこの状況に応えているのかもしれない。自身を憎しみの象徴として三部族に示すことで彼らを一つにまとまめているこの状況を、それでいいのだと彼は考えているようだが、やはり本心では違っているのだろう。セラがそんなふうに思っていた矢先だった。ジュランが顔を上げた。
「おうおう、いいねぇ!」
何故だか快活に大声を上げた忌むべき対象に、民衆の石を投げる手と憎悪を発する口が動きを止めた。どよめき、困惑する。
「みんなまとまってる! なぁ! プライ、キテェア、エリン!! これが俺たちの目指した回帰だ。部族なんてくだらないもんに縛られない、この世界のあるべき姿だ!! そうだろ?」
傍にいた仲間たちに目を向ける彼の顔に悲壮感はなく、嬉々としている。しかしその顔が作りものであることは短い付き合いのセラにも、付き合いのない異世界の旅人にも、憎しみを向けていた三部族の人々でさえ分かっただろう。だからこそ、付き合いの長い仲間からすればどう見えるかなど、言うまでもないだろう。
「ジュラン……」
エリンの声は彼を代弁するように悲しみや悔しさに濡れていた。
「おい! なに辛気臭ぇ顔してんだよ、エリン。初めて会った時みたいだぞ」
「バカ……アホぉ! ふざけないでよ、バカジュラン!! バカぁ~……!!」
「エリンちゃん」キテェアが優しくエリンの肩を抱く。
黙ったエリンの顔を海から上がったばかりかのように雫が、続けていくつも伝い落ちる。
「ジュランさん、冗談じゃ済まないですよ。そんな顔」
キテァアもまた怒りを示し、キッとジュランを睨む。
「おいおい、キテェアまで。そんな顔すんなよ。回帰軍のマドンナが台無しだぜ? なぁ、プライもそう思わねえか?」
ジュランは自らに向かって一人歩いてくるプライに問い掛けた。プライの歩調は緩慢で、気力だけで友に向かって行っているようだった。
「……にしても、お前がそんなんなるなんてな、俺の羽、分けて――」
ようやくジュランのもとに辿り着いたプライの弱々しい拳が、友の頬にピタリと収まった。それでもジュランの顔から笑みは消えない。
「それ以上、喋るなよ、ジュラン……」プライは何度も息を整えながら喋る。「いいや、やはり、ジュランは死んだんだ……。お前、は誰だ?」
「っ!?」問われた者は目を瞠り、そして苦々しく細めた。それからゆっくりとプライの拳をどけてから口を開く。「そうだな。じゃあ、死人は黙っていなくなるとするか」
バサッ――……!
六つの翼が広げられ、羽が舞う。
「達者でな、プライ」
「待てよ、ジュラ――」
バリ……バ、グググ…………。
「!?」
異様な音が鳴った。
次いで、高台にはセラを呼ぶ声。
「セラ……っ! はぁっ、セ、ラぁ……!」
人をかき分け、セラやジュランたちを囲む円の中にサパルが倒れ込んできた。
「サパルさんっ!?」
駆け寄るセラ。上体を抱き上げ見ると、サパルの身体には目立った外傷はない。何者からに攻撃を受けたわけではなさそうだった。それなのに、呼吸は荒く、気配を感じる必要もなく弱っている。疲労と言ってもいい。
「駄目……だった…………来る!!」
ビィギュィッ……ドゥォオンッ!!
何かが破裂するような音がして、彼女から少し離れたところに敵の気配、間髪入れず悲鳴。人の身体が出す湿った音。
「そんな……」
悪魔が戻った。