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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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16:夜霧の目的

『変態仙人』の言葉は外れることとなった。

 先述した通り、セラが賢者巡りで一番長い期間をかけたのはヒィズルでのケン・セイの修行だ。

 ヒィズルでさえ一年とかからなかったセラがクァイ・バルに何年もいるわけがない。

 彼女はテングに連れられた先々で、凍え、毒、窒息、圧迫、大量出血、失明……などなど書いたら書ききれない程の死の間際を一度体験し、生還した。その生還すべてを、テングが精霊と呼んだ光の球が彼女の中に入ることで成し得たのだ。

「まさか、こんなことがあろうとは。五月半……この記録を超す者が後に現れるとは思えんな。よかよかぁ!!」

 焼いたオウゴンシタテングタケを頬張りながら高々と楽しそうに笑うテング。

 セラはそんな彼をちょっと引いた目で見ながら、オウゴンシタテングタケを齧る。

 食べながら、集めた胞子でいっぱいになった小瓶を眺めるセラ。

「薬にするのか?」

 白々しい森を赤々と照らす焚き火がぱちぱちと爆ぜる音を響かせる。

「うーん……どうだろう」

「出来んのか?」

「ちょっと強すぎるかなって」セラはその白い肌に暖かな赤を反射させながら、小瓶を荷物の中にしまう。「何か、同じくらい強い毒とかあれば可能性はあるけど」

「さいか。我には薬のことはさっぱりだ。なんせ、そのようなもの必要とする体ではないからのぉ! よかよかぁ!」

 また楽しそうに笑い、オウゴンシタテングタケを頬張るテング。その顔は焚き火に照らされてか、楽しくてか、はたまた元からそうだったのかもしれないが、セラには今まで以上に赤く見えた。

 セラは立ち上がり尻を軽くはたいた。「もういくよ」

「さいか。では――」

 最後のキノコをさらっと平らげると、テングも立ち上がりセラに手を差し出す。

「――そなたの幸運を祈ろう。セラフィ・ビズ・ジェラス」

「ありがとう」セラはテングの手を取り握手を交わす。「ヴィザ・ジルェアスだよ」

「はて? 違うか? よかよかぁ! まだまだ、楽しめそうぞ。渡りの民の少女よ」

「それは何よりです、『変態仙人』」

 二人は手を離し、少し距離を取る。

「じゃあ」

「さい」

 白く輝く森に碧き花が舞う。そして、静かだった森が大きくうねり、さざめき立てた。まるで森も彼女の幸運を祈るかのように。


 セラはゼィロスとの約束通りアズへと跳んだ。

 近くに小川が流れるゼィロスの小屋の前。彼女がアズの地の空気を吸うのはかれこれ、一年と数か月ぶりだ。超感覚を身につけたからか、過酷な変態術の修行を終えた後だからか、とても芳しい匂いが鼻孔をくすぐったという。思わず彼女は顔を綻ばせ、ピンクの唇を緩ませた。

「ゼィロス伯父さん!」

 小屋に向けてセラが声を掛けると、何やら大きな音がしたのちにゼィロスが慌てた様子で外に出てきた。そして、セラの姿を認めると「まさか」とあんぐりした表情を見せた。

「ただいま」

「まだ、半年も経って、ない、はずだが……」

「大きいんでしょ? わたしの器」

「いや、しかしだな……。まさか、逃げ出してきたんじゃないだろうな」

 訝るゼィロスにセラは荷物を探り、小瓶を一つ出した。オウゴンシタテングタケの胞子が入った小瓶だ。

「これ、あのナパスの人が死んだ毒胞子。見てて」

 セラは得意気に、小瓶の栓を抜いて指先に胞子をつけるとそれを鼻から吸い込んだ。

「おいっ!」ゼィロスは血相を変えた。

「っくしゅん……」くしゃみをしたかと思うと、伯父に向かってウィンクした。「ほらね。変態術は会得したよ。確かに何度も死にそうになって辛かったけどね」

「……そうか。生涯でこれまで驚くことはもうないだろうな」

「へへっ」セラは小さく笑うと次いで真剣な眼差しで言う「それで、『夜霧』は?」

「ああ、そうだな。中で話そう」


 ゼィロスの小屋は生活に必要最低限の物しか置かれておらずとてもすっきりとしている。しかし、そんな部屋全体の雰囲気とは打って変わってテーブルの上には、天板いっぱいの大きな紙と分厚い本がいくつも煩雑に置かれていた。

「まあ、座れ」

 ゼィロスに促され、テーブルの傍の椅子に腰かけるセラ。椅子というものには久しぶりに腰を掛ける。

「まず」ゼィロスは座らずに話し始める。「俺が予想してたより、奴らの動きが活発に、他世界への侵攻速度が速まった」

「予想っていうのは?」

「エレ・ナパス侵攻前にしていた予想だ。エレ・ナパス侵攻後も、それまでと同じ頻度で異世界侵攻をするものだと思っていた。しかし、お前からナパスの民が攫われたことを聞いたときに気付くべきだった。お前がここに来たことに安心していたんだ」

 ゼィロスはセラの顔を見つめ、その視線を下にずらしていく。その視線の先にあるのは『記憶の羅針盤』だ。「奴らの目的――」

「『記憶の羅針盤』?」

「それもな」ゼィロスは一息吐いた。「奴らは攫ったナパスの民を拷問し、無作為に各異世界に跳ばせた。自分たちのロープスの道標をつくるために」

「だからあの人はクァイ・バルに。でも、どういうこと、どうしてそんなことを? 奴らは自分たちで跳べるじゃない」

「奴らの航界術はナパードに比べたら幼稚な異空間移動だ。跳ぶためには行く先の座標が必要になる。各地にナパスの民を跳ばし、その世界を記憶させる。奴らが目撃される世界が増え出したのも、座標の情報が増えたからだな」

「……じゃあ、これからエレ・ナパスみたいな世界が増えるってこと? 絶対止めなきゃ!」

「ああ。そうだな。そして、お前は家族と一族の仇を討つ」

「うんっ!」セラは強く頷くと椅子から立ち上がった。「止まってなんていられない」

「その意気だ。強くなれ、セラフィ」

「早速、次の賢者のところへ行かなくちゃ。次は何を? 魔法?」

 はやる気持ちを押さえつつ、セラは師匠に問う。しかし、ゼィロスは彼女の言葉に少々驚いた様子で答えた。

「魔法? マカのことか? だとしたら異空を渡り、旅をするのに必要というわけではない。学びたいなら後で行くといい。ホワッグマーラという世界の魔導都市マグリアに賢者がいる。確か魔導賢者は二代目に引き継がれ、俺は面識がなかったな」

 ゼィロスの言葉を頭にいれながらも、セラの頭に浮かぶのは魔法改めマカを使う兄、ビズラスの姿だ。僕はビズが彼女の前でマカを使ってくれたことに感謝しなくてはね。おっと、話が逸れた。ごめんよ。

「ついでに、お前は薬草術を心得ているから教えとく、薬草術の賢者はトゥウィントにいる。どちらも旅自体には直結しないが知っていて損になることは無かろう。他にも賢者はいるから、旅の途中で必要だと感じたら学ぶといい」

「分かった」

 セラは真剣に頷く。

 ゼィロスが先を急ぐセラにここまで話し、セラがしっかりとゼィロスに返事をしたのは、二人の中に共通の意識があるからだ。セラの旅立ちという意識が。

「で、話を戻すが。次に向かうのは『遊歩の達人』のもとだ。彼はヲーンにいる」

「遊歩?」

「ああ。変態術があらゆる環境に適応するすべだったのに対し、遊歩はあらゆる環境で対応するすべとでも言えよう」


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