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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会
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170:終結へ向かう蒼き世の大戦争

 エァンダが口に入った怪物の血を吐き捨てた。

 顔の汚れなど気にせずに、彼は怪物の息の根が止まるのをじっと待っている。すでに破界者ではないにしても、彼とサパルが追ってきた者に違いはない。セラには計り知れない想いがその背景にあるのだろう。

 仮に命を吹き返そうものなら、すぐにでもその首を刈れるようにタェシェもまた、怪物を睨み付けているように黒く輝いていた。

 と、ックン――……。

 ト、くん――……。

 と、ん――……。

 とっ――……。

 と――……。

 ――……。

 ……。

  。


 超感覚により感じ取れる鼓動の音は、余韻も残さず消え入った。

「死神ぃ!」

 白き槍が黒く染まった死神に迫る。

 デラヴェス将軍だ。

 ジュコの戦士の参戦により収束に向かう戦場。すでに怪物の分裂体の姿はないに等しい戦場。怪物の本体の命が終わったことを知らない、遠くにいる戦士たちですら勝利を確信している戦場。

 確かに、名もなき戦士たちの戦いは終わったのだろう。異空史上で語られる『蒼白大戦争』もジュコの機械兵の参入により収束したとなっている。歴史読本ならここで次の章へと移るべきだが、ここではそうはいかない。

『蒼白大戦争』には異空史という大きな括りでは語られない続きがあるのだ。

 例えば、その場にいた名のある戦士たちの偉人伝やら、ビュソノータスの歴史や伝承を綴った書物やら、はたまた、『白輝の刃』に存在する支配世界に関する報告書なんかには記されることだろう。

「静かだと思ったら……名誉の戦死でもしたかと思ったよ。将軍殿っ」

 エァンダは槍の柄を脇で抱えるようにして受け止めた。

「ふんっ。あとはお前の首だ。輝ける者たちも認めざるを得ない功績だろう」

「俺の首にそれだけの価値をつけてくれるのは嬉しいけど、悪いな。もっと高くなるぞ……あんたを退けたってなっ!」

 体格差もあり、鎧を纏っているデラヴェスの身体が浮いた。エァンダが槍ごと持ち上げているのだ。

「なにっ……!?」

 そのまま自らの頭上を通し、将軍を地面に叩き付けた。

「それにまだ終わってないんだ。待ってろ」

 そう言って未だ血を噴く怪物に目を向けるエァンダ。恐らく意識はデラヴェスにも向けている。

「エァンダ?」

 セラは彼を呼ぶわけでもなく、名前を呟いた。命は尽きている。セラでなくてもわかる状態だ。それなのに、なぜ彼は気に掛けているのだろうか。そう思っての呟きだ。

 まさか再生するのかと、彼女も強く意識を向けてみるがやはり生命活動は停止している。

「俺の手でとどめを刺せなかったことが悔やまれる」

 ドクター・クュンゼの乗る機械人間がセラの隣へとやってきた。

「……終わったんですよね」

 彼女は不確かなこの状況をどうにか打破したくて、一番の識者であろう博士に訊く。

「怪物のエネルギー反応はまったく感知できない。これを終わりと言わずなんと言う?」

「……」付着した血を払って、オーウィンを鞘に納める。

「奴のエネルギーを感知できたのは、恐らくお前らと戦闘をはじめたからだろう。そこは感謝する。しかし、引導を渡す役目を奪ったことはやはり許せん。終わってしまっては責務を果たすことも出来ん」

「?」

「対価を払ってもらおう。勝手な協力には、勝手な協力だ。文句は言わせない」

 博士の言葉にセラは唖然とした。そして、微笑んだ。「はい」

 手を出そうとすれば出せたはずだっただろうに、博士はチャチや他の小人たちと共に機械人間を操り、怪物の分裂体の排除に徹した。

 もしかしたらゼィロスが上手いこと説得したのかもしれない。彼女ははそう考えた。

「『異空の賢者』にも伝えておけ。間を置かずに極光きょっこうの地に向かうとな」

「え? ゼィロス伯父さんと話したんじゃ?」

「ああ。話した。しかし、結果はお前らと同じ。協力関係は結ばんとな」

「じゃあ、どうして……」

「言ったろ、対価だ。他意はない。して、奴は最後に評議会とやらの拠点を明かして去って行った。何やら、仲間からの連絡があったようでな」

「行先は?」

「俺が知るわけないだろう」

「そうですよね」

 セラはクュンゼに応えながら、彼らがこの地へ到来してきたときのことを思い返す。エァンダの言葉だ。

 ――暢気に酒でも呑んでるんじゃないか?

 彼はそう言っていた。恐らくは気読術でゼィロスの気配を探ったうえで口を出た言葉だろう。あのときはさっぱり意味が分からなかった言葉だったが、博士の話と合わせると、どうにも彼女の頭に一つの可能性が浮かぶ。

 それを確認するにはエァンダへ確認するのが一番だろう。

 彼女が兄弟子のもとへと歩もうとしたその時。小さき友人の声が呼び止める。

「セラーっ!」

 駆け寄ってくるオルガの額、チャチが体の全てを使って手を振っている。彼女がこの世界に来たときもそうだったが、どうやら機械人間の頭を開けてもビュソノータスの極寒に耐えうる技術があるのかもしれない。チャチは寒さを意に介していない。

「やりましたね」

「うん。来てくれてありがとう、チャチ」

「まあ、わたしだけ情報を貰っちゃったからね。そのお詫びもあるの。対等じゃなきゃね」

「そ、そうだね」

 ジュコの小人はどうやら対等であることにこだわりのようなものがあるらしい。思えばチャチとはじめて約束を交わしたときも、両者が尋ねたいことを訊いた。それに、ドクターもフェースとロープスの開発をする代わりに、怪物を産み出すこととなった様々な世界の生体サンプルを貰っていた。

「あ、そういえば」セラは彼女と約束を交わした日のことを思い出して、もう一つ思い出した。「その世界の中で瞬間移動するロープスをわたしが使ったの、この世界だよ、チャチ」

「えっ! 本当!?」チャチの目が大きく好奇心に輝く。「装置は、装置はありますか!? 見たい! 見てみたいです!!」

 落ちるのではないかと思うほど身を乗り出すチャチ。しかし、それをクュンゼが諌める。

「これ、チャチ、戦闘は終わった。他の者も帰り始めておる、俺らもそろそろ帰るぞ」

「何でですか、博士! 別に構わないじゃないですか!」

「駄目じゃ。この世界のような科学の遅れた世界において我々は進み過ぎた存在。場合によっては大きな変化を生んでしまう可能性がある。なるべく情報を残さぬよう、早々と撤退するのが好ましい」

「博士は見たくないんですか? 自分が作った装置の進歩を!」

「すでに俺のものではないわ。それに『異空の賢者』から世界内での空間移動については訊いたのだろう? もう、充分ではないか」

「でも! 似たもの作るのですから、構造を観察するべきですよね」

「それでは開発の楽しみが減るというものだ」

 クュンゼは機械人間の額を開き、チャチを強く見つめた。

「チャチ。試行錯誤こそ楽しみなのだ。他者からヒントを貰うことは時に自らの発想を跳躍させる最良のエンジンとなるが、多くのエンジンを付ければそれは重荷となって停滞の原因となる。見極めろ、チャチ」

「……はい、博士」

 少しばかり不貞腐れたチャチの表情と共に、オルガの額は閉じられた。

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