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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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164:八羽たる所以

「風邪引くよ?」

 彼はむせ返りながら文句を垂れる。「なら、なんで水掛けたんだよ!」

「涙を流してるおじさんの顔なんて見たくないからね」

「泣いてねえだろ、俺はよ……ふぇっくしっ! あ~ほれ見ろ、お前のせいだ」

 ジュランは体を起こして文句を垂れる。その無精髭に水が滴る。

 彼がいたのは、セラと出会った島。せせらぎの近くだった。まるであのときの状況を反転させたような二人の再会だった。

「様変わりしてて驚いたろ。……お前の方も、あの時よりだいぶ大人びたな」

「色々あってね、船から落ちた後」

 セラはすぐにでもジュランを戦場へと連れて行きたかった。だが、本題に入るのを渋る。この場所に跳ぶまでは理由も言わずにつれて戻ろうと考えていたのだが、心のどこかで拒否されることを考えている。ジュランから漂う倦怠感に似た穏やかな雰囲気がそうさせた。

 プライが死んだと、意志が死んだと言ったのは嘘ではなかったようだった。幻滅の意を込めた友との死別だったのだろう。

「ねぇ」彼女はジュランの隣に腰を降ろした。「どうして八羽教なの?」

「ぁ? ああ、そのことか」

 唐突な話題に眉をひそめたジュランだったが、答えを渋る気はないらしい。まず、頭に巻いたバンダナを取って見せた。

 彼が天原族であることを示す羽根っ毛が一対。「まず、これで二つ……」

 ジュランはおもむろに外套を脱ぎ、その下に来ていた上着も脱いだ。

「さみぃな……」

 彼の胴部には身体の一部と言っていいほど馴染んでいる雲海織りでできたさらしが巻かれている。それをジュランは悪戦苦闘しながら取ろうとしている。

 だが、彼の武骨な手先は一向にさらしを取ることができない。次第に苛立ち始めたジュランはやけくそに千切ろうとしたが、雲海織りがそう簡単に破れることはなく、仕方なく隣りで共に寝ていた剣で時間を掛けて斬った。

 そして、露わになる。

「これで八羽だ」

 屈強なジュランの体躯。その腰の上部で三対の翼が解き放たれた。

 今まで締め付けられていたことなど感じさせない程、しっかりとした雄々しい翼たちだ。

「俺は羽を六つ持って産まれた。プライの親父が言ってたろ、異物だって」

「……それって、悪いことなの?」

「天原族、ってか三部族か……とにかく伝説? 予言? みたいなのが部族長とか上の奴らには受け継がれてるんだとよ。詳しくは知らねえけどな」

「そうだったんだ。三部族に違いがないってことを示すためだって、前、キテェアさんには訊いてたけど……」

「いや、隠したのはそのためだけだ。俺自身、別に八羽ってことを恥じてはねえからな。ほら、だからこそ八羽教の名が広まったわけだ。……ま、三部族が争わなくなった今となっては、もう隠す必要はねえな」

 言ってジュランは破いたさらしをそこらに投げ捨てる。上着と外套の腰に当たる部分を剣で裂き、それを着ると背後から翼が出る。

「締め付けがなくなって、これからは気楽にできそうだ」言ってジュランはバンダナを腕に縛り付けた。

「本当に?」

「ぁ?」眉を顰めるジュラン。

「本当に、今の状態がジュランの目指したものなの?」

「ガキがいっちょまえに――」

「ううん。今、その話はいいや」

「は?」

 意表を突くように、セラは切り出す。

「今、この世界そのものが消えちゃうかもしれない」

「?……何をいきなり。白い奴らはあの黒い奴らを追い払ったうえで、三部族を統治したんだぞ。この世界を攻撃するつもりならとうにやってるだろ」

「違うの。もっと悪い状況……耳を澄ませてみてよ。聴こえない? 戦いの音」

 自身の超感覚だけが感じ取っているものだと思いながらも、セラはジュランを促した。仮に彼にもこの音が聴こえれば、説明はそれで済むと。

「俺はお前でも、野原族でもねぇんだぞ。遠くの音が聴けるかよ」

 気の抜けた語気。ジュランはその場に寝そべった。

「プライかキテェアかエリンか……誰に言われてここに来たかは知らねえけど。連れ戻しに来たとか言うなら帰ってくれ。ま、隣で寝てくれるってんならいてもいいぞ。今のお前とは寝れそうだ」

「年端もいかない娘とは寝ないんでしょ。確かに見た目は時間以上に成長したけど、あの時から一年も経ってない」

「冗談だよ。真に受けんな」

「ジュランの力が必要なんだよ。プライさんもキテェアさんもエリンも、わたしも……それに、三部族のみんなだっ!」

「馬鹿言うな。必要なのは、八羽としての俺の存在だ。憎むべき対象としてのな。ほら、帰れ帰れ。俺は静かじゃないと寝れないんだ」

「……」

 諦めという言葉が頭をよぎった。それに加えて、これ以上戦場を離れているのは得策ではない。超感覚が捉える市場の音は、悲鳴や苦痛に歪む声が増えていた。

「どこでも寝れるって、言ってたじゃん」

 セラは最後にそう言い残して、その場から姿を消したのだった。

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