162:異空史に名を残す戦い
一番古いものだけを残す形になればどれだけよかったか。
彼女は上がる息を抑えつつ思った。
戦況は最悪。
初めはよかったのだ。斬り落とされた部位から増殖した生物たちはすんなりと仕留めることができた。エァンダやサパル、デラヴェスも生物の増殖の特徴に気付き、市場の誰もが生まれたての弱いものから首を斬り落としていった。
だから、誰も文句は言えない。
サパルでさえ相手の数を徐々に減らしていき、最後に残った最初の二体の首を全員で狙っていけばいいと考えていたのだから。
この戦場は、恐らく、セラフィ・ヴィザ・ジルェアスが今まで経験した戦場、これから経験するであろう戦場で一二を争うものだと断言できる。
異世界との交わりを持って間もないビュソノータスでのこの戦いを、この物語を記している現在、知らない者はほとんどいないだろう。そう、これが今では『蒼白大戦争』と呼ばれている戦争だ。
『白輝の刃』の大兵力、回帰軍の兵力、とある生物の増殖。そして――知っている人もいるだろうけど、これは歴史読本じゃない。物語だ。だから、伏せておく。あとのお楽しみさ。
とにかく、一つの戦、戦場に参加した人数では異空中どこを探しても、この戦争に勝るものはないだろう。僕は知らない。
たった二体を残すことに成功した彼らの誤算は、生物自ら、その身体を切断するということだった。
増えた傍から片付ければいいのだが、そう簡単にはいかない。残された二体は破界者そのものと言っていい力を持ち、且つ、成長していた。自らの分身たちを守るのに苦労することはなかった。分身たちもそこそこに戦えるようになるまで時間は掛からない。
増減の差は縮まらず、増える。
「高台には行かせるな!」
誰かが叫んだ。恐らくは回帰軍の誰かだ。
剣を振るいながら、セラフィは周りにも注意を向ける。大抵の人間が自分のことで手一杯という状態だった。周りに意識を向けられるのは名のある者だけだ。
ふと、彼女は見知った老人を視界の端に捉えた。
「ぅだぁあああああっ!」
片脚に義足を付けた老戦士が無謀に斬り込んでいく。彼では敵わないと、セラは駿馬で距離を詰めた。
それは息子である人物も同じだったようだ。
「また敵との力量を測り損ねるか、親父!」
天原族族長でありプライの父である老戦士の剣を、プライが止めた。
当然プライの背後には力をつけた生物の分裂体がいる。それを止めたのがセラだ。
「言ったであろうっ! 死の覚悟を持って挑むのが戦士の本望だと。それに……示しつけなければっ!」
「すでに長でなくなったあんたが、そんなもの示す必要はないんだよ!」
セラは敵の首を撥ね。プライの言葉に振り返る。「どういうこと!?」
「三部族の族長はその座を降ろされたんだ。白の奴らの真実を知っているからな」
「協力してやっておるのだ! 邪魔するでない、プライ!」
彼の口ぶりから察するに、彼は回帰軍と共にあるようだ。
「老兵は大人しくしてろっ!」
「まだ、戦えるわっ!」
会話の最中であろうと、戦いは続く。セラとプライは敵を討つ。しかし、老戦士はよろめき、他の誰よりも息を切らしている。
誰が見ても明らかな、お荷物だ。
ついには、海原族の戦士にぶつかり、つんのめった。そこに敵の鋭い爪が迫る。
駿馬でかばいに入るセラ。オーウィンが相手の首を貫き刈った。だが、勢いの乗った死体が彼女にもたれ掛る。爪が彼女の腕に三本の爪痕を残した。
「……ぃっ!」
寄りかかった死体を蹴飛ばすセラ。腕を押さえる。赤々と指ぬきグローブが湿る。
「すまない、少女よ……っ!?」
老戦士の驚きの表情と共に、セラの顔に生温かいものが点々と飛び散った。指先でその一つを触って、着いたものを確認した彼女は目を瞠る。
血。
斬られた。セラは一瞬そう考えたが、すぐに改める。
眼前に脇を大きく裂かれたプライの姿を見たからだ。
「プライさんっ!!」
父を守るように敵に背を向けた息子。
口の端から流れた赤は出口を間違えた涙のようにきれいな一筋だった。