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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会
158/535

155:死神と破界者

「……ん、サパルだ」

 エァンダは片目だけを開けて部屋の扉を見た。

「ほんとだ」

 セラは彼に応えるように感覚を研ぎ澄ませてサパルの気配を感じた。別にそこまでする必要はなかったのだが、これも気読術の鍛錬になるだろうと思ったのだ。

 間もなくサパルが入ってきた。

「二人とも、準備は……もしかして暇だった?」

「いいや。意義のある時間だったよ」

「?……そうか」

 優しい表情を浮かべるエァンダにそれ以上訊こうとせず、鍵束の民は渡界の民に友に柔らかな微笑を向けた。

「じゃあ、行こう。死神の名も今日で終わりだ」

 一転、決意の張り付いた顔で窓の外を睨む兄弟子につられて、セラもそちらに視線を向ける。そして、サパルの気配を感じようと張りつめさせていた感覚が、彼女に悪寒をもたらした。

 距離も分からない程遠くに計り知れない大きさ気配。

 慣れ親しんだ超感覚が冷たい印象を肌に伝える。

 気読術が未熟で正確に距離も気配の大きさも分からなかったのが幸いだったのかもしれないと、彼女はこの時のことを語った。もし気読術が完成したものになっていたとしたら、腰を抜かしてへたり込んでいただろうと。

「ぉい、エァンダ! 殺気を向けただろっ! 城下にはこの世界の人達がいるんだぞっ!」

「大丈夫、すぐ跳――」

 轟音。

 部屋が、城が大きく揺れた。窓は割れ、装飾の花瓶や食器は大きな音を立てて落ちた。

 嵐が起きた。冷たい嵐だ。

 次の瞬間には収まり、部屋からエァンダが消えていた。群青の残滓が彼がナパードを使ったことを知らせる。 

「ぅそ!?」

 あまりの一瞬出来事に嵐が本当に起きたのだと言われた方が、セラは納得できたことだろう。何者か。恐らくは破界者が瞬間移動してきたことなど信じ難かった。だが一瞬の中で現れ、エァンダと共に消えた者の存在を超感覚が認知してしまった以上、信じないわけにはいかなかった。

 サパルの対応もそうだ。

「セラ! エァンダを感じて、追って! 僕はデラヴェスたちを連れてすぐ行くから!」

「……うん!」

 セラはエァンダを探す。だが、その必要はなかった。城外、市場の方から激しい崩落音と悲鳴が聞こえたのだ。

「ったく、遠くに跳んだんじゃないのか、エァンダのやつ」

 文句を垂れながら、サパルは駆け足で部屋を出て行った。

 もちろん、セラは騒ぎの渦中へと跳んだ。


 二つの気配の少し離れた場所に現れたセラ。逃げるビュソノータスの人々の流れに逆らって進む。人々は「こっちだ!」「慌てなくていい!」「誘導に従って!」などと言った号令によって動いているようだった。そのおかげで、彼女は案外楽に人と人の間を走れた。

 そして、逃げ惑う人々の台風の目。二人は対峙していた。

「相も変わらず……まったく、しつこいヤツだ」

 濁った響きを持つ声の主は破界者だ。後頭部には二本の角。鼻と口は前に伸び、鋭い歯が並んでいる。その身体は光沢を持つ肌で覆われていて、衣服と呼べるものは腰に巻かれたボロボロの布くらい。道具を持っていないところをみると、身体に備わった原始的な武器を使うのだろうとセラは推測した。

 そして何より目を引くのは、左目から前頭に掛けた不釣り合いな歪み。そこだけが別の生き物であるかのように波打っている。

「随分変わっちゃったじゃん、お前は。この前より酷くなってるぞ」

『夜霧』のそれとは違った、清々しい黒い光沢を放つ剣を手にするエァンダ。彼の愛剣の名はタェシェ。ナパス語でカラスを意味する言葉だ。何を隠そう、この愛剣の見た目が彼を『世界の死神』と呼ばせる一番の要因のなのだ。

「酷く……? はっ。ぅーんはははははははははははははっ! 今ならお前を殺せる勢いだ」

「ドーピングってことか。気持ち悪くなってまで世界を壊すか」

「趣味なもので」

「……!」

 人波を抜けたセラは破界者を目視すると音もなく背後に跳んだ。『闘技の師範』ケン・セイすらも出し抜く現在の彼女のナパードの静かさ。今ならヌロゥ・ォキャの背後だって取れると彼女は自負していた。今も破界者に全く気付かれることなくオーウィンは振るわれた。

 しかしセラのナパードがいかに無音であっても、彼女がどんなに正確に破界者の首根を捉えていたとしても、そう簡単に勝負がついてしまうのなら、サパルもエァンダも苦労していない。

 オーウィンは破界者の首に留まった。全く、刃が入っていないのだ。

「セラっ!」

 エァンダの声が聞こえたかと思うと彼女の前に閉ざされた扉が現れた。その扉に破界者の拳がぶつかる。それを見たセラはエァンダの隣へと碧き花を散らした。

「なに、あれ……!?」

 先ほどの扉を出したのはもちろんエァンダで、彼の手から鍵が束に戻っていった。だが、セラが驚いているのはそれではない。

 逆だった。

 関節がぐるりと回転して、正面を向いているにも関わらずに背後へ、それこそ正面を向いているかのように破界者の拳が伸びていたのだ。

「なんだ? 見ない顔だ」

 平然とした顔で口を開く破界者。それが、さらにその状況の不気味さに拍車を掛けていた。

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