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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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13:勝負あり!

 イソラは後ろ手に天涙の鞘を手にした。

 峰打ちを食らった腹を押さえていたテムが床を打ち鳴らし踏み込んだ。

「終わりだぁあ!」

 かつぅん!

 空洞を打ったような音が板の間に響いた。

「俺のっ……!?」

 天涙は自らが収まるべき鞘を打っていた。

 イソラは天涙を受け止めながらテムの肘を蹴り上げた。

 テムの腕が天涙と共に浮き上がり、そのまま彼を仰け反らせて大きな隙を作る。

 刀を床に突き立て、その細い柄を足場に高く跳ぶイソラ。頭上で天涙の鞘を構え、テムの坊主頭に向かって振り下ろした。

「鞘だって、刀の一部だぁ!」

「どぅでぇ……」

 変な声を上げたテムはそのまま気を失い、賑やかになる前のヒィズルにはうるさい、大きな音を立てて床に倒れた。

「ニシッ! 勝ったぁ!」

 溌剌と笑い、セラに向かってブイサインを掲げるイソラ。そんな彼女をセラも満面の笑みで見返した。


 気絶していたテム・シグラが目を覚ましたのは外が賑やかになった午後のことだった。

「俺は、負けたんだな……」

 屋敷の小さな部屋、布団から起き上がると、起き抜けには頭が痛くなりそうな元気な声が彼の鼓膜を震わせた。

「うんっ! あたしが勝ちましたぁ! ニシシシッ!」

「るせ……。あんな邪道な手にやられるなんて」

「邪道じゃないよっ!」

「ふんっ」

「起きたか」

「あ、お師匠様」

 部屋に入ってきたケン・セイはテムの傍らに胡坐をかくと、枕元に置いてあった天涙を手に取った。

「お前。身の程知らない」

「っく。またそれかよ」

「最後まで聞け。テム・シグラ。お前の体、天涙合わない」

「一族に伝わる刀だ」

「いつもと重心違う刀。練習必要。お前、違和感感じた」

「……!」

 テムの頭に過るのはイソラとの戦い。刀同士がぶつかり合った時のことだ。

「正道、邪道、関係ない。慣れないこと、いきなりやらない」

「……俺はあんたの門下生じゃない。説教はいらねえよ」

 テムは言いながら立ち上がると、ケン・セイから奪うように天涙を取る。

「!」

 一族に伝わる刀の鞘には持ってきたときにはなかったへこみと傷が付いていた。テムがそれに気付くと、イソラは小さな子供を諌めるように言う。

「あ、そうだ。大事にしなきゃ駄目だよ。自分の武器は」

「お前が使ったせいだろぉがっ!」

「違うよ! テムが投げ捨てたからだよ!」

 胡坐をかくケン・セイの頭上でいがみ合う少年と少女。そのいがみ合いは、通りで見せたようなものとは雰囲気が違っていた。

「……っ。イソラ・イチ! 次勝つのは俺だ!」

「うふふふふーん! 次もあたしが勝つよーだ! ニシシッ」

 テムの宣言に、イソラ勝ち誇ったように腰に手を当てて胸を張った。

「邪魔したな」

 テムは頭のようにスッキリとした表情で部屋を出て行った。

 一戦交え、そこに生まれたのは友情か、恋情か……。

 彼女と彼の今後も気になるところだが、これはセラフィ・ヴィザ・ジルェアスの、『碧き舞い花』の物語だ。

 そろそろ、セラがヒィズルを旅立つときが近くなってきた。


 テムとの一件から数日後、ケン・セイの屋敷の庭で行われていたセラとゼィロスの訓練。

 イソラとの組手の成果は大きく、セラの動きはさらに速く、正確なものになっていた。

 木刀がぶつかり合う。体がぶつかり合う。互いの超感覚は鋭く研ぎ澄まされる。ナパードは音という事象を忘れる。

 乱打戦の末、セラが一太刀。組み合ってから、ゼィロスが一太刀。ナパード戦の末、セラが一太刀。再びの乱打戦から、セラが一太刀。

 ついにゼィロスは息を切らしながら笑った。

「見事だな。組み合えば力でどうにかなるが、まさかナパードでも先を取られるとは」

「じゃあ……」

「ああ、俺の、『異空の賢者』の教えはここまでだ」

「あはっ! やった!」

「セラお姉ちゃん! おめでとう!! やったね!」

 縁側で見ていたイソラが駿馬でも使ったのではと思うほどのスピードでセラに駆け寄って、勢いのまま抱き付いた。

「ありがと、イソラのおかげだよ」

「俺では、無いのか?」

 縁側に胡坐をかいていたケン・セイは独りごちたが、そんなことは誰も聞いていなかった。

「あっ!」何かに気付いたように声を上げ、セラから離れるイソラ。「でも、これでセラお姉ちゃんとはお別れ、だね……」

 悲しそうな表情を見せるイソラに、セラは優しさと慈しみの想いをその顔に乗せた。

「また、会えるよ」

「ほんとぉ?」

「うん。絶対に。だから、そのときはまた手合せしようね。わたし強くなってるから、イソラも強くなっててよね」

 セラがイソラと目の高さを合わせて言いながら、その頭に優しく手を添える。

 するとあの元気な少女の目から、みるみる涙が零れはじめた。

「ニシッ……! う、ん!」


 翌日、セラがちょうど十六になった日。

 跳ぶために身支度をしながら、彼女はゼィロスに訊いた。

「ゼィロス伯父さんはアズに帰るの?」

「おいおい、俺との旅は嫌か?」

「そうじゃないけど、『異空の賢者』の修行は終わりでしょ?」

「まあな。だが、次のクァイ・バルまでは一緒に行く。クァイ・バルとあと一か所で異空を渡り冒険するにあたり必要なことは学び終える。他にも賢者はいるがとにかくあと二つだ」

「なんで、次までなの? どうせならあと二つ、最後まで一緒に来ればいいのに」

「俺の修行が終わってなければそうしたさ」

「じゃ、なんで次までなの?」

「クァイ・バルでの『変態仙人』の修行は恐らく一番厳しい。だからな」

「……え? 変、態?」

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