146:蒼に黒と白
「アスロンはおれの先生なんだ。アスロンのおかげで、この歳で外界偵察隠密やってるんだ。ほんとは同じ隠密近衛になりたかったんだけどさ。あ、八羽教についてだったね」
エスレは二人の先を行きながら話す。
「八羽教はもともと回帰軍って呼ばれてた集団で、八羽のジュランを筆頭とした反乱分子ってことに今はなってる、っていうか『白旗』たちがそういうストーリーを作ったんだ」
「『白旗』?」セラが問う。
「うん。『白輝の刃』の奴らをそうやって呼んでるんだ、おれらは」
「市場で憲兵がどうのって言ってたやつがそれか?」今度はズィーが問う。
「そう。『白輝の刃』は軍事世界で、色んな世界に侵攻して統治していってるんだ。メィリアも攻撃される可能性があるんじゃないかって、おれら外界偵察隠密が動いてる。情報収集のためにね」
「お前も小さいのに大変だな」
「で、『白旗』が作ったストーリーって?」
「これはおれに場所を提供してくれた人から聞いたんだけど……。『夜霧』って集団がこの世界を襲っていた時に『白旗』が現れて救った。そして、言ったんだって」
エスレは一旦言葉を止めてから再び口を開く。
「この世界を襲った黒き軍隊は回帰軍なるものたちが引き入れた。彼らは咎人である」
「何それ!」
セラは声を上げる。
彼女の知る限り、『夜霧』と関係を持っていたのは三部族たちの方だ。技術を盗まれ、しまいには用済みと攻撃されることとなった。
怒りで彼女のグローブが音を立てる。自らが招いた厄災を他者に押し付けたんだ、この世界の人達は。それも、世界のために動いていたジュランたちに。
「これが『白旗』のやり方。ただ単に軍事力だけで支配しないから厄介なんだ。その世界の人間を洗脳するかのように上に立って支配下に置く。支配するために前もってその世界のことを調べて、効率の良いやり方を選ぶ。この世界の人たちは支配されたなんて全く感じてないんだろうね。上手いこと三部族もまとめられて、恩を感じてるほどだよ」
「世界同士のやり取りは俺には分かんねえけど、その『白旗』たちは『夜霧』を撃退したってことか……そこは素直にすごいんじゃないか、セラ」
セラは複雑な思いで頷く。「……うん」
「評議会に参加してくれれば一気に戦力が増えそうだな。あ、でも結局は他世界侵攻なのか……」
「……それで、回帰軍のみんなはどうなったの?」
ズィーの言葉を半ば無視してセラは話を促した。
「『白旗』が彼らの拠点を攻めた」
セラの頭には荒れた回帰軍の砦が浮かぶ。
「そこは詳しく訊けなかったけど、大体の人が逃げたみたい。だから、今も八羽教として追われてるんだ。……回帰軍時代を知ってるなら、直接訊いてみるといいんじゃない。着いたよ」
市場から遠く離れた、日が照っているというのに暗い印象を受ける古ぼけた建物が集まる場所。そこの建物の一つの前でエスレは足を止めた。
「エリン、回帰軍にいた人なんだ」
「エリン……!?」
その名に彼女のサファイアが潤む。
「知り合い?」
ズィーが尋ねてくるが、彼女は応えない。応える必要なんてない。その行動が答えとなる。
建物から顔が覗いて、セラの表情はパッと明るくなったのだ。
真っ青な髪で吊り目、海原族の少女。
セラが時間の濃度の濃いナトラード・リューラ・レトプンクァスにいたこともあるのだろう、出会ったときは同い年くらいだったが、今はエリンの方が幼く見える。
「エスレ帰ったの?……」
「エリン!」
彼女が声を上げるとエリンが建物から飛び出して来て、セラに抱き付いた。