135:男の名は
ゼィロスの号令にそれぞれが思い思いに卵椅子に座っていく。
セラは伯父の隣だ。といっても、ゼィロスは立ったままだ。
「互いに名も顔も知らぬ者同士もいるだろうが、互いを知り合うのは評議の後にしてくれ。募る話がある者もな」
部屋にいる者すべての視線が『異空の賢者』ゼィロス・ウル・ファナ・レパクトに向かう。
その場にいる全員が彼のナパス語を理解しているのは、ホワッグマーラでセラが見た翻訳の魔具と似た道具を使っているのだろうかと彼女は思ったが、どうやらそうではないらしい。全員に共通した装飾品を見ることはできない。他の技術なのだろう。
「この地に集まった以上、すでに知っていると思うが、発起人である俺はここでまた名乗って置こう。ゼィロスだ。『異空の賢者』として『夜霧』の勢力拡大に危機を感じ、初となる賢者評議会なるものを設立した。早速、評議をはじめたいが、質問は?」
ここでセラと離れて薄衣の男の隣に座ったズィプが手を上げた。ゼィロスが視線で発言を認める。
「俺って、ここいていいの? 俺、賢者とかじゃないし」
「俺の付き添いということでいいだろう。現に賢者ではない者も数人、付き人という形で参加してもらっている」
彼の視線はセラ、イソラ、カッパ、それから自らの賢者の座る椅子から少し下がったところに添うように座る若者たち数人を追っていく。
「そっか。じゃ、質問終わり」
「他はないか?…………ないな。では、まずは『夜霧』の現状を話すとしよう」
ゼィロスはここで一息吐いた。
「『夜霧』はエレ・ナパス・バザディクァス侵攻後に加速度的に急成長を遂げた。その勢力は拡大の版図を辿り、様々な世界で戦力、技術を獲得。今ではいくつもの世界を占領下に置きながら、且つ、いくつもの世界を滅ぼしている。奴らがどの様に支配する世界と滅ぼす世界を区別しているかは不明だが、どちらにしても、奴らが訪れた世界に幸福はない」
「質問、いいかい」ズィーの隣、薄衣羽織の男が口を開いた。
ゼィロスは頷いて応える。
「俺は『空纏の司祭』、ンベリカ。自身の世界を出たのは初めてなんだが、幸福はないというが、支配された世界はどれ程のものになってる? それと、『夜霧』を退けた世界はないのか? それほど強大な勢力だと?」
「そうだな。俺やクァイ・バルのカッパが潜入した支配地に限るが、地元民は恐怖により協力していると見て取れた。誰もが奴らを恐れ、命だけを守るように媚びへつらう。なにせ、戦える者は皆無なのだ、皆、挑んでは殺されてしまってな。だが、奴らを退けた世界もないことはない」
それはセラも知っていることだった。現に彼女は当事者としてヒィズルを守ったのだから。
「だが、戦いに勝利したとしても、損害は大きい。つまり勝ったとしても、幸福とは言えない」
セラはケン・セイとイソラに視線を向ける。師範は芯のある瞳で彼女を見返し、少女は苦笑に近い微笑みを返してきた。
ンベリカは「そうか」と呟いて口を結んだ。
ゼィロスは再び全体を見回す。「奴らの真の目的は分からんが、これは各世界の問題にとどまらない。異空間すべてに関わる。……今こそ、力を合わせることが必要だ」
それからゼィロスは現在判明している『夜霧』の占領地、各部隊長や彼らに準ずる力を持つ者たち、重要人物についての情報を開示した。どこかの世界の技術だろう、部屋の中央に半透明の絵画のようなものとして順に映し出される。
その中でセラが知ることは数えるほどしかなかった。彼女が異世界を巡っている間、ゼィロスやカッパが集めた情報はそれだけ価値のあるもの。だが、『白昼に訪れし闇夜』については彼らでもその通り名しか知り得なかったようだった。
そして、彼女はこの時、あの男の名を知ることとなった。
部屋の中央に現れた赤褐色の髪の大男の像。
ガフドロ・バギィズド。
それが男の名だった。
セラは一人、像を睨み付け、拳を強く握るのだった。