134:賢者評議会
「ゼィロス伯父さんに用?」
浴室を出て部屋のテーブルを挟んで対面する三人。セラが窺うように訊く。
「否、ズエロスの用ぞ」カッパはその一つ目でセラをギュッと見つめる。「各地の賢者に召集を掛けておった」
「賢者を?」
「集めて何すんだ?」ズィーがセラの横で腕を組む。「そもそも、賢者って何?」
「あとで説明してあげる。で、賢者たちを集めて何を?」
カッパの嘴の端が上がる。見た目より柔らかい様だ。
「黒き者たちに対抗するため、賢者評議会を作る。否、すでに準備は整っておる、よかぁ」
「賢者評議会」
セラはその言葉を自らに浸透させるように小さく呟いたのだった。
薄光が空に漂う。
極光を思わせるそれは赤へ白へ、緑へ青へと色を変え、まるで竜のようにうねり舞う。
光りのカーテンに天空を支配された世界――スウィ・フォリクァ。
屋外ではすべてのものがまるで擬態するように、空の色に染まる。
アズの森でビズラスの墓前にて報告を済ませた後、カッパに連れられてその地に立ったセラとズィーは卵型の建物に入るとようやく自分の色を取り戻した。
「ここが評議会の行われる場ぞ」
卵の頂点部分にある部屋に通された二人。卵型の椅子が円状に並べられた部屋だ。
十数人の様々な世界の、様々な年代の人達が、窓の外の光彩を眺めたり、雑談を交わしたりしている。
そして、セラはその部屋に入った瞬間に多くの再会を果たすこととなった。
「ほら! やっぱり、セラお姉ちゃん! 言った通りでしょ、お師匠様っ!」とヒィズルのイソラは『闘技の師範』ケン・セイにその光を失った目を向けて頬を膨らませる。
「妾と闘技の女の子がゆうておったさ。なぜ疑ったぞ」ペク・キュラ・ウトラのヌォンテェは縦に長く鋭い瞳孔で『異空の賢者』を睨んだ。
「疑っていたわけではないが、カッパがこうも早くセラを見つけるとはな――」
「よかぁ、よかぁ!」
と、一人『変態仙人』テング・テン・グーテンは声高々に笑った。
「――二代目魔導賢者はどうした、カッパ」
ゼィロスは姪との再会よりも先にカッパに訊く。
「逃げられたぞ。わしの姿を見るなりだぞ。酷くはないかぁ!?」
セラには思い当たることがあった。だから、会話に混ざる。
「あの、ヒュエリさんは、その、カッパさんをお化けだって……必要なら、わたしが呼んで――」
そこまで言ってセラは言葉を止める。ホワッグマーラの状況もそうだが、ヒュエリは禁書の中で思念化のマカの研究をしている最中だろう。会いに行ける状況ではない。
「――今はちょっと、無理そうかな。忙しそうだし」
「そうか……。ではひとまずこのメンバーで始めるとするか、セラも来たわけだしな。ところでセラ、一緒に来た、彼はナパスの民だろ? 誰だ?」
そう言ってゼィロスが黄緑色の瞳を向ける先には、薄衣を纏った上半身裸の大男と親しげに話すズィーの姿があった。
彼が話す相手を含め、彼女の知らない顔がいくつかあることが気になったが、セラは伯父の質問に応える。
「ズィーだよ。ズィプガル・ピャストロン。ビズ兄さまの一番弟子だった、わたしの幼馴染。あの日殺されずに、わたしを探して旅してたの。そして、ホワッグマーラで会ったんだ、この前」
語る彼女の表情は歓喜と愁いを帯びている。
「そうか。ビズの弟子か」
「うん。ゼィロス伯父さんに会いに来たの」
「ではあとで話すとしよう。そうだ、『夜霧』奴らを探っているときに『碧き舞い花』と呼ばれるナパスの勇者のことを耳にしたが、お前のことだそうだな、セラ。ケン・セイから聞いたぞ」
「……」セラは苦虫を噛み潰したように顔を歪める。「そうだけど、自分で言ったんじゃないからね、それ」
「ああ、分かっているさ。だが、なかなかいい通り名だと思うぞ」
「ぇ……!?」彼女はさらに顔を歪める。
「そんなに嫌か?」伯父は苦笑する。
するとセラは言葉を発せずにうんうんと頷いた。
「そうか。まあ、敵にその存在を知られるほどの活躍をしたということの現れだろう。誇りに思うぞ、俺は。そして、無事でよかった」
言うと、伯父は姪をしっかりと抱擁した。
セラはこれを機にここまでの冒険譚を語ろうと思ったが、そんなことをしている暇はないだろうと踏みとどまる。敗北や挫折を慰めてもらうためにゼィロスに会いに来たわけではないのだから。
「……そうだ」彼女は伯父と体を離してその顔を見上げる。「わたしゼィロス伯父さんに会わせたい人がいるの。『夜霧』の情報に繋がるかもしれない人よ」
チャチとの約束のことを彼女がを話すと、ゼィロスは表情を引き締めて言った。
「分かった。そのことも含めて、評議会で話し合うとしよう。これは奴らとの戦いのための組織なのだからな」
彼は部屋中に聞こえる厳かな声を放つ。
「みんな、座ってくれ。これより、評議を始める!」