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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
13/535

11:武器は己。刀は己の一部。

 セラとゼィロスがヒィズルにいた期間は他の賢者のいる地にいた期間よりはるかに長かった。

 その理由として挙げられるのが『闘技の師範』ケン・セイの指導方法にあった。

 ――見て学べ。

 それがケン・セイの教え方だった。

 ケン・セイは強者との戦いに楽しさを見出す男で、その様は戦闘狂といっても過言ではなかった。日夜セラとイソラを連れて他の道場を巡り、自分が戦う姿を見せる。そして、戦った相手が強くやりがいのある者だったときは二人にアドバイスをしたりしたが、相手が弱いと機嫌を損ねて自身の道場に帰り、眠りから覚めるまで機嫌が直らなかった。


 ある日、セラとイソラは二人で出かけた。

 ヒィズルはのほほんとした雰囲気と喧騒が混じり合った世界だった。こっちで人が昼寝をしていれば、あっちではネコとカラスが喧嘩をしたり、そっちで猫があくびをすれば、どこかで人と人が刀を交える。昼は毎日祭りの様で、夜は反対に虫も鳴かぬほど静かだった。

「セラお姉ちゃんの故郷ってどんな感じ? 今度あたしを連れてってよ! 異空を跳ぶってどんな感じだろぉ? ねぇ、どんな感じ?」

 木組みの建物が立ち並ぶ賑やかな通り。その賑やかさにも負けない元気な声で喋るのはイソラだ。反面、セラは彼女の出した話題に面持ちを暗くする。

「ぁあ……異空間を渡るのって、気持ちのいいものとは言えないかも。それと……わたしの故郷は、もう…………」

「あわあわわぁ……あたしまずいこと聞いちゃった? ごめんなさい!」

 慌てて頭を下げるイソラの姿を見て、セラは笑顔になる。

「ううん。大丈夫だよ。受け入れなきゃいけないことだから」

「ふぉおおっ。セラお姉ちゃんは心も強いんだんなぁ。尊敬です!」

「そんな、別に尊敬されることじゃ。むしろ、イソラの方がすごいよ。見て学べ、あれずっとやってきたんでしょ? わたしなら耐えられない」

「へっへん、あたしもすごい! セラお姉ちゃんもすごい! だね」

「だね。そうだ」セラは思い出したように続ける。「イソラ。わたしに駿馬しゅんばのコツ教えてよ」

「うん、いいよ。いいよ! その代り、ナパード? あの、ばって消えてばって現れるやつ教えて!」

「あー……ナパードはナパスの民しかできないんだ、ごめん」

「あーん、そうなのかぁ、がっかり。でも! 駿馬のコツは教えてあげる」

「うん、ありがと」

 彼女たちの言う駿馬とは、もちろんウマのことではなく、あの高速移動のことだ。セラはケン・セイの動きを見て、体の動かし方は分かったものの、いざやってみるとただ走ることしか出来ず悩んでいたのだ。

「おいっ! 邪道野郎!」

 二人が笑顔で見つめ合っていると、通りの喧騒を無視するような大声が飛んできた。

 声の主は坊主頭の少年だった。その腰にはイソラ同様、刀を帯びている。

「お師匠様は、邪道じゃないよっ!」

「邪道だ! 邪道だ! あんな奇天烈な剣術がどこにあるもんか!」

「イソラ、あの子は?」

「この前道場破りした道場の門下生だよ。いつもこうなの。お師匠様に負けた師範の弟子たちがあたしに文句を言いに来る」

「来い! 向こうの空き地で勝負だ」

 少年は首で空き地の方向を示し、イソラについてくるよう目で促す。

「無理。お師匠様のお許しがないとあたしは刀を抜かない。それがお師匠様に教えを受けるときにした約束だから」

「はぁ? 腰のそれは飾りじゃねえ! 武器だ! 戦うための道具だぞ!」

「違うよ! 武器は己。刀は己の一部。それがお師匠様の教えだもん!」

「はっ、出たよ邪道。剣士は刀で戦うんだ」少年はそう言って刀を抜く。「刀の質で戦況は大きく変わってくる。ほら、抜けよ! もう、ここで勝負だ」

「無理!」

「剣士が勝負を仕掛けられて刀を抜かないなんて恥だぞ! 抜けよ!」

 少年に熱がこもってきたことで、通りを行く人々が騒ぎ始めた。

「お、なんだなんだ?」

「喧嘩か?」

「ありゃ、マサ・ムラのとこのガキじゃねえか」

「あっちは、ケン・セイのところのお嬢ちゃんね」

「嬢ちゃんの横にいんのは誰だ? 見たことねえ顔だ。それにしても、美人だな」

「こら、あんた!」

 通りには三人を囲むように人の円が出来上がっていた。

「さあ、抜け!」

「無理だよ」

「……そうかよ。じゃあ、いい。刀を抜かない相手に刀を振るうことは憚れるけど、斬る!」

「待って!」

 踏み出そうとした少年とイソラの間にセラが割って入る。その手をオーウィンに伸ばして。

「わたしが相手になる」

「あん? あんた誰だよ」

「わたしもケン・セイの弟子よ。問題ないでしょ」

「いいぜ、あんたは抜いてくれんだな」

「もちろん」

 剣を抜いたセラの後ろから、イソラが不安そうに覗く。

「セラお姉ちゃん……」

「大丈夫」

 セラは強く頷いてオーウィンを構えた。

 ヒィズルの昼間にしては静かな時が流れた。

 対峙して見つめ合う二人とそれを静かに見守る通りの人々。

 一陣の風が吹き、それが戦いの始まりを告げる合図となった。

 セラはもちろんゼィロスとの修行で身に着けた剣術を使うが、ナパードは使わなかった。それはこの少年相手では卑怯な行為だと思ったからだ。ただただ剣術のみで勝ってこそ、少年を黙らせることができると考えた。

 しかし、ゼィロスのもとで修業しているセラの剣捌きに、少年は遅れを取らなかった。

 二人は何度も鍔迫り合いを繰り返し、互いに相手の体を捉えることはできない。

 観衆は対等に刀剣を交え合う二人に歓声を上げ、通りの賑やかさはいつも以上のものとなっていた。どちらが勝つかを賭け始める人々までいた始末だ。

「やるね、あんた。邪道の弟子とは思えない」

「まあね、弟子入りしたの、最近だから」

 間合いを取り、激しく刀剣をぶつけ合い、鍔迫り合い、そしてまた間合いを取る。

 少年の剣捌きは見事といっていいものだった。セラに遅れを取らないどころか、ついにはセラを押し始めたのだ。

「ぁ!」

 セラ手からオーウィンが弾き飛ぶ。

「あんたの剣術、珍しいから最初は焦ったけど、何度も見てるとパターンが読めるんだよ。戦い舐めてんの? あーあ、興醒めだ。こんなんじゃ師範様の雪辱にもなんねぇ」

 刀を納めた少年はセラを鼻で笑うと、その場を立ち去った。それを見ると道行く人たちも散ってゆく。

「……」

「セラお姉ちゃん」

 オーウィンを拾い背中に納める彼女にイソラが駆け寄ってくるが、彼女は一人でブツブツと口を動かして反応を見せない。

「武器は己。刀は己の一部。パターンが読める……そうか。そういうことかも」

「セラお姉ちゃん……?」

「次は、いける……!」


 別の日。

 三日月が浮かぶ静かな夜。

 セラはケン・セイの屋敷の縁側で盃を片手に、『闘技の師範』に尋ねた。

「わたしがゼィロス伯父さんに攻撃を与えられない理由――」

「セラフィ。剣に頼り過ぎている。前にも言った」

 その日のケン・セイは気分がよかった。

「うん。だから、超感覚がなくても、動きが読みやすい」

「セラフィ、単調。イソラ、あと何度かやれば勝つ」

「この前、イソラが言ってた。武器は己。刀は己の一部」

「俺の教え。だが、セラフィ。俺の戦い方、真似する必要はない」

「分かってる。わたしには剣を手放すのは無理だもん。でも、攻撃も防御も全部剣に頼っちゃ駄目ってことよね」

「そう。体を使え」


 さらに別の日。

 ケン・セイの屋敷の庭でセラはゼィロスとの稽古をしていた。

 剣術とナパードを組み合わせ、いつも通りに……ではなかった。セラの動きは前のものとは違っていた。

 攻撃と防御を剣だけに頼っていた彼女はそこにはもういなかった。振るわれたゼィロスの木刀に対し、ゼィロスの腕を掴んで止め、空いた手で自らの木刀を振るう。これには危機を感じたゼィロスがナパードを使って回避した。もちろん彼女に掴まれたままだったが、『異空の賢者』たる彼には何ら問題なくナパードが使えるわけだ。

「おしいっ!」

 縁側で二人の稽古を見ていたイソラが声を上げて、まるで自分のことのように悔しがった。

 だが、セラは赤紫の光の残滓に淡く照らされながらも口角を上げていた。

 彼女の攻撃を回避し、後方に間合いを取って現れたゼィロスだったが、すぐさま彼女の木刀と脛を押さえる羽目になった。

「駿馬を会得したか」

「イソラにも及ばないけどね」

 ゼィロスから離れ、ナパードで跳ぶセラ。それを見てゼィロスも跳んだ。

 二人が同時に姿を現すと、互いに相手が木刀を持った方の手首を掴んでいた。

「ここに連れてきたのは正解だったな。だが、まだ俺には当たらん」

「うわっ!」

 ゼィロスに足を掛けられたセラはそのまま背中から倒されてしまったのだった。

「セラフィ。よくなった。だが、まだまだ、体使える」

 屋敷の中から姿を現したケン・セイは左袖を風に揺らしていた。

 雲一つない空を見上げ、セラは口の両端を上げた。

「まだ、ダメだったかぁ」

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