121:終了と開始
『準決勝、まず始めはこの二人! ブレグ・マ・ダレ!! チャチ・ニーニ!!』
客席は超満員。野外観戦場も溢れ返っていた。試合が始まるというのに、コロシアムの外の人々は落ち着けないでいる。空を飛ぶ鳥たちから見れば、まるで一つの生き物の体動のようにうねうねと波打って見えることだろう。
「試合始まっちゃうよ!」
「ごめん! やっぱ跳ぼう!」
セラフィとユフォンはそんな人ごみの中。
ユフォンはなかなか起きなかったのだ。昼食を取れない程に。
それでも二人が人ごみで大変な思いをすることはなかったはずだ。二人は瞬間移動の術を持っているのだから。なのに二人がこんな状況になってしまったのは他でもない、筆師が「会場の外の様子も見ておきたい」などと口走った結果だった。
「掴まって……!」
セラは彼に手を伸ばす。その手が握られると、集中して、選手控え室に向けて跳んだ。集中してというのは他でもない、ここで彼女は一つの成長を見せたのだ。
自身とユフォンだけで跳んだのだ。
他の人にも彼女の体は触れていただろう。それでも、二人だけで跳んだ。
切迫した状況とまでは言えないものの、必要に迫られたからこその成長と言えただろう。
「やった……!」
セラは独り小さく拳を掲げた。
「遅かったな、二人とも。もう始まってるぞ。んで、もう終わるかも」
彼女の声に気付いたズィーが軽く手を上げて迎える。だが、彼は試合の行くへが気になるようで、すぐに闘技場の方に顔を向ける。
「もう終わっちゃうって!? さっき始まったばっかじゃないか!?」
「安心してください、ユフォンくん。経過というほどのものではありませんが、しっかり記録してありますから」
ヒュエリが胸を張る中、セラとユフォンは開口部からブレグとチャチの乗るオルガストルノーン・Ωを覗く。
「ほんとだ……」
「チャチ……」
ホワッグマーラの生きる伝説を下して準決勝に臨んだ友人は、敗北寸前といっていい状態だった。
オルガの右腕はもげ、切断部からは火花が散っていた。右脚は膝の関節からバチバチと蒼白い電気が走っていた。
セラとユフォンが控え室に跳ぶ寸前に開始の合図がされた。つまりはわずか、一瞬と言っていいほど短い時間でほとんど決着がついたということだ。
「まさに軍神ですね」
「おっ、よくそんなことを知ってるなぁ。モノノフたちの世界か、懐かしい」
感覚を研ぎ澄ませた彼女の耳に届いたのは、彼女の知るところのない話だった。
「で、降参かな? チャチちゃん」
「仕方ありません。降参です」
『し、試合終了ぉ!!? 勝者、ブレグ・マ・ダレ!!! やはり隊長は強かった!! 申し訳ありませんが、私、実況できませんでした。むしろ聞きたい! 誰か今の試合を分かった方がいたのだろうかぁ!?』
ニオザの絶叫にも似た質問で、準決勝第一試合の幕は閉じ、ブレグに支えられながらズタボロのオルガが控え室に戻って来た。
「悪かったな、試合とはいえここまでして」
「いいえ。いいデータが取れたので、むしろプラスです。オルガは帰って直します。今以上の性能に、改良です」
「その状態で帰れるの?」セラはオルガに近付き声を掛ける。「よかったらわたしが――」
「大丈夫だよ、セラ」チャチはセラを遮った。「それより、約束忘れないでよ。当分『動く要塞』にいることになりそうだから、いつでも訪ねて来て」
「うん。でも、本当に大丈夫? 体調……があるかどうかは分からないけど、不安定な状態で異空間を渡るのは危ないよ」
「問題ないよ。わたしのオルガを舐めちゃいけません。緊急時に帰れるように移動装置は一番頑丈に作られてますから。あ、ほら、入り口で止まってたら邪魔になっちゃいます」
チャチが言うようにすでにフェズとマスクマンが次の試合のために控え室を出ようとしていた。
彼女たちは横にずれる。
「ブレグさん、もう大丈夫です」
「そうか」
ブレグは言って、ゆっくりとオルガから離れる。機械仕掛けの男はボロボロであることを忘れさせるように、しっかりと立っている。
「セラちゃんも言っていたが、気を付けて帰りなさい、チャチちゃん」
「はい」ブレグに応えると、オルガの額が開いてチャチが姿を現す。「セラ、またね」
「またね、チャチ」
オルガストルノーンから静かな駆動音。
すると、チャチとオルガの姿がチラチラと霞みぼけていく。そして足下から徐々にオルガ、チャチと消えて行った。
『準決勝、第二試合は二人とも圧倒的なマカを使う二人だぁ! 先の試合のようなことがないように、私、しっかりと目を凝らして実況したいと思います!!』
フェズルシィとマスクマンが対峙した。
『準決勝第二試合、はじめっ!!!』
どっどぉおおおおぉおぅおおぉおん――――!