115:彼らには見せない弱い部分
チャチはオルガの額を開けて、客席の小さなお辞儀を繰り返した。
歓声を少しばかり浴びた後、オルガの額を閉じ、ヤーデンを支えるブレグのもとへと進む。
「ヤーデンさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫、死んではいない。彼も軟ではないからな」ブレグは笑いかけて応える。「俺が運ぶ。君も戻るぞ」
「はい」
ブレグがヤーデンを背負うのをオルガが手伝い、その後もヤーデンを支えるようにオルガの手は後ろから添えられた。
『少々会場の整備にお時間を頂きます』
オルガが起こした爆発でヤーデンがいたところを中心に大きく地面が乱れていた。
コロシアムの係りが何人か出てきて闘技場全体を整え始める。
「俺はヤーデンを病院に連れて行く。ドードくん、君は試合を見ていきなさい」
「はい、先生!」
控え室に戻って来たブレグはそのままコロシアムをあとにした。
「ヤーデンさんはすごい方です」
マカにより整備されていく闘技場を見下ろしていたセラにチャチが声を掛けてきた。
「チャチ」
「全く加減をしなったので会場を壊してしまわないか心配だったんですか、杞憂に終わりましたね」
「科学ってすごいんだね。チャチにあんなことができるなんて」
「『動く要塞』に来るついでに少し勉強していく? セラも」
「うーん、さすがに今のみたいのはちょっと……。色んな人巻き込んじゃいそうだし」
「そうだね。素人じゃ出力の調整は難しいもんね。簡単に使えるような技術だけでも、学んでいきなよ。『碧き舞い花』はそうやってここまで来たんだもんね」
「……そうだけど。やめてよ、その呼び方」
「はふふ、セラも頑張ってね。この後の、後の試合」
「もちろん、全力でやるけどさ。勝てる気しないよ。だってフェズさんが相手なんだよ?」
同世代の同性が相手だから、彼女は本音に近い想いを語っていた。それはズィーやユフォンには聞かせない弱音。彼らに対して見せた冗談交じりの苦笑いや、負けず嫌いからくる強がりではない部分。
「まあ、そうですね」オルガから聞こえてくるチャチの声はあっけらかんと言った。「準々決勝の後半二試合は勝者が目に見えてるね」
「化物みたいなマカ使い二人……やっぱり、そうだよね」
セラは感覚だけでマスクマンとフェズに注意を向けた。
マスクマンは次の試合までの時間を、いつも通り独り部屋の隅で待っている。
フェズルシィは、彼は壁にもたれて眠る二人の男を突いたり、声を掛けたりしていた。ちょっかいを出せれている二人は全く起きる気配がない。
「どう計算しても、あの二人の勝率が九十パーセントを下回ることはないのよね」
「それも科学的にってことだよね?」
「もちろん。だからほとんど確実」
「ははっ……」溜め息がちに笑うセラ。
「でもね、確実な確率だからこそ、百パーセントが出ない以上は、セラにも、あとシューロくんにも勝ち目がないわけじゃないってことでもある」
堂々としたチャチの言葉。それはセラを勇気づけるために放たれたのだろう。
まだ会って間もない、契約の色が強い繋がりが友情の色に染まり始めている。
ここは大事に受け取っておこう。「ありがと、チャチ。わたし、頑張るよ」
「うん、その意気だよ」
こうして科学者の友の助言を受けたセラは、今日の試合に向けて闘志を燃やし始めたのだった。
「マスクマン選手、シューロ・ナプラ選手。会場の整備が終わりましたので、ご入場お願いします」
「よし、いって来い、シューロくん!」
係りの男の声が控え室に入ってくると、ジュメニがシューロの背中を軽く叩いた。
「は、はい! 先輩!」
「無理しちゃだめですよ?」
ヒュエリがジュメニが叩いたか箇所を擦るようにして後輩を送り出した。
先輩二人に送り出された少年の後ろをマスクマンが続く。
マスクマンはジュメニとヒュエリの傍を通るとき、軽く頭を下げて、「安心してください。若き芽を摘むようなことはしませんよ」と言った。
「なんだかんだ礼儀正しいよな、あの人」
「う~ん……」ヒュエリは小首を傾げてマスクマンの後姿を見つめる。「なんか……」
「どうした?」
ジュメニが訊くがヒュエリは何とも応えず、そんな彼女にジュメニも首を傾げていた。
『ジュメニ・マ・ダレを下したその実力! また見せてくれるのか!? 今日は昨日に増して学院生の応援が目立ちます、シューロ・ナプラ!!!』
ニオザの言う通り、客席には『シューロ ファイト!!』などと書かれた横断幕を広げた若い衆がひとまとまりになっていた。そのなかには昨日手のひらを返した二人の少年もいた。
『第一回戦は圧倒的な力で勝利を手にした、謎の男! その全容は謎のまま!! マスクマン!!!』
昨日絶対的な勝利を見せた鉄仮面フードの男には、期待の歓声が上がっていた。今日はいったいどんな芸当を見せてくれるのかと、観客たちもその強者を興味深く迎える。
前回のように、正体を煽るような声はまったくなかった。
「よろしく頼むよ」
「は、はい」
二人は多くの視線の中央で向かい合う。
『準々決勝、第三試合、はじめっ』
どぅおおおおぉおぅおおおん――――!