112:ハヤブサは雷と共に
激しい。
その一言だった。
「ブレグ隊長押されてねえか?」
「押されてるのは『紅蓮騎士』よ!」
「おいおい、これ決勝戦だろ!」
「隊長様、負けちゃうの?」
ズィーとブレグの戦いは両者一歩も引かない攻防で会場を騒然とさせ始めたいた。
「さすがは彼の弟子だな」
二人の剣が重なる。
「剣術、どこで習ったんですか?」
「ん?」
互いに打ち合い、受け合い、躱し合う。
「わりぃけどこの世界じゃそこまで剣術上達しないでしょ。それに――」
「似てるだろ、シズナに」
「やっぱり!」
二人の動きは会話をしながらの戦闘とは思えない。
「俺も、君の真っ直ぐな太刀筋に彼女を思い出したよ。元気か、シズナは」
「元気過ぎだったよ。にしても、他人の空似じゃなかったんだな、ジュメニさん」
「ああ。でも、これはジュメニには内緒にしておいてくれ、あいつには母親は死んだと伝えてあるんでな」
「なんで?」
「まあ、それは家庭の事情って奴だ。踏み込まない方がいい」
「そっか、じゃあ訊かない」
「それにしてもまさかだな。ビズラスくんの弟子で、シズナの弟子でもある君と戦うというのは」
「じゃあ、ブレグさんは俺の兄弟子ってことになるのか?」
「それはちょっと違う。俺とシズナは師弟という関係じゃなかった。一緒に剣術の稽古をした仲だ。だから俺の剣術は彼女のに似てる」
「じゃあ、俺はブレグさんの弟子ってことにもなるのか」
「考えようによってはそうだなっと、そろそろ、話は終わりにしようか」
ブレグはそういうと、剣に雷を纏わせ、バチバチ放電させ始めた。
「これはシズナにもできないぞ」
「っ、たしかにっ!」
振るわれた剣に外在力を纏わせたスヴァニで応えるズィー。
二人の戦い同様、火花が散る。
金属と金属がぶつかり合っているはずなのに、その音は金属のそれではなくなっていた。
透き通るような音は芸術の域だ。
「!」
「っく!」
徐々にズィプが押され始めてきた。スヴァニが雷の剣を受け止める回数が増えている。
「ぉ?」
ズィーは何かに気付いたようにスヴァニを見て、それから跳んだ。一回戦、ポルトーとの対戦で見せたように、空高く。
「ん? 何をする気だ?」
「これで決める」
スヴァニを体の後ろに引く『紅蓮騎士』。その愛剣は雷を帯びていた。
「俺の電気を帯電したのか、おもしろい。やってみろ!」
「てぇゃぁああっ!!」
大きく振るわれたスヴァニから巨大な斬撃が飛んだ。雷と共に。
異様な音を立てながら急降下する斬撃。
もちろん、向かう先はマグリア警邏隊隊長のもと。
「ふんぬらぁあ!!」
ブレグは斬撃の到着に合わせて、剣を振り上げる。
これまた異様な音を立てている。
そして、二つの特異な音がぶつかり、コロシアムを不協和音が包み込む。客席も控え室も、誰もが耳に手を当てる。
そんな中、大きく土煙が巻き上がり、バチバチと闘技場の至る所で何かが爆ぜる音が聞こえ始める。
土煙の中に落ちてきたズィーが消えて行く。
そのすぐ直後に、土煙は大きな風によって払い除けられた。
それをやったのはズィーではなく、ブレグだ。
彼の剣の周りには雷に変わって、風が吹き荒ぶ。剣を中心にした台風だ。
「今度はこちらの番だな!」
ブレグの剣が振るわれる。その刀身は遠く、ズィーには届くはずもないのに。
「なっ!?」
台風がうねりながら、ズィーに襲い掛かる。
スヴァニで守ろうにも、相手は形なき暴風。ハヤブサは太刀打ちできずに吹き飛ばされ、主は風に飲み込まれる。
ズィーが纏っていた空気、外在力もその風に寝返ったのか、姿を消していた。
「うわぁあああああぁああ――――……」
ズィーを食べた暴風の竜は天高く舞い上がり、その身を翻して強く地面に吹き降ろした。
それもすべて、地上のブレグが剣を指揮棒のように振って操っていることだった。
竜が尻尾まで地面ぶつかって消えると、そこにはズィーが残された。
うつ伏せで、どうにも動けそうになかった。
「……イテェ…………」
会場には未だに吹き荒れる風が残る。
その風に目を細めながら、ニオザがカウントダウンを始める。
「……くそっ、動けねぇ…………」
「良い戦いだったぞ、ズィプくん。だが、もう負けるわけにはいかないんでな」
ニオザのカウントが終わる。
『勝者! ブレグ・マ・ダレ!!』
会場に溜まっていた風は全て出て行き、拍手喝采が入り込んだ。
ブレグはズィプを背負って会場を後にしていく。「ヒュエリちゃん。ほどほどにな。あと、ジュメニの母のことは内緒だぞ」と言い残して。
「ふぇぇえ……! ブレグ隊長にバレてました……」
控え室でヒュエリが震え上がった。
「で、でも、ほどほどになってことは、邪魔にならなければいていいってことですよね!」
震えたと思ったら、ぽんっと手を打った。ジュメニの母のことを口に出さなかったのは隣にジュメニがいるからだろう。しっかりと約束を守るらしい。
「除霊されても知らんぞ」
とブレグが控え室に戻って来た。
「……負けた」彼の肩でズィーは不貞腐れていた。「勝てると思ったのに」
「ヒュエリ司書、ズィプくんの疲れを取ってあげてくれ」
「はい、ではユフォンくんの隣へ」
ユフォンが寝ている隣りにズィーがもたれ掛けさせられた。そんな彼に、ヒュエリが暖かい光を放つ手を当てた。
「ただで疲労回復はしませんよ。少し眠くなります」
「え、マジで。この後の試合、見たいん、だけ……ど…………」
紅がだらりと垂れる。
「まったく、男の子はだらしないですね。これではセラちゃんを守れませんよ、二人とも」
ヒュエリは壁にもたれて眠る二人に笑いかけた。それを見たセラもまた、笑みを零すのだった。