101:後半戦の幕が開ける
「泥棒ネ! 泥棒ネ!」
「泥棒?」セラが訊き返す。「何かあったんですか?」
「泥棒だヨ! ワタシだけじゃないヨ、物盗まれたのハ! みんな気付かないうちに盗まれてたネ」
「あれだけの人がいたら隙をついて店の物を盗むのも簡単だなぁ、確かに」とユフォンが考えを巡らせながら頷く。
「違うネ、オニサン! みんな、試合中の人が少ない時に盗まれたヨ! 午前の試合が終わって人が出てきてそれどころじゃなくなったけどネ……」
「どんな物を盗まれたの、みんな」
セラの質問にラィラィは指を折りながら答える。
「ワタシは珍しい石ネ。他の人は、水晶、宝石、彫刻、絵画、指輪、剣も盗まれてるネ。あ、それにお金そのものを盗まれたとこもあるネ。どこもかしこも、店で一番高価な物だヨ」
「お金が一番高価っていうのも、面白いね」
ユフォンが小さく噴きだす。だが、商人から言わせてみれば笑い事ではない。
「なに、笑うカ、オニサン! ワタシたち、命かけてるネ! 死活問題ヨ、コレ!!」
「ああ……ごめんなさい」ユフォンは真面目に謝り、それからセラに問う。「どうする?」
「うーん……助けてあげたいけど、わたしにできること、なさそうだし……」
「オジョサン、腕の立つ戦士だったネ、予選、見たヨ。オジョサンなら力になるはずヨ!」
「そう、かな?」首を傾げて苦笑するセラ。そこで、思い出したように声を上げる。「あ! ユフォン、新聞に記事書いてあげれば?」
「え、僕かい? うーん」
ユフォンは少し考えた後、手を打った。
「分かった。書こう! それに、警邏隊の知り合いにも話しておくよ」
ユフォンは気前よく笑う。
「本当カ! よかったヨ! オジョサン達も気を付けるネ!」
ラィラィはユフォンと激しく握手を交わすとセラに「試合、頑張るネ」と言い残してその場から去って行った。
「忙しい人だな」
とユフォンが零した。
「俺の試合は最後だろ? まだ来なくてもよかったじゃないか。まったく、もう少しだったのに」
「そんなこと言って、寝てたじゃないかよ」
セラが控え室に入るとフェズがズィーに文句を言っているところだった。
「おう、セラ!」
ズィーはグチグチと文句を垂れるフェズルシィから面倒臭そうに顔を逸らして、セラに声を掛けてきた。そんな彼の姿を見て、さらに文句を並べながらクリアブルーの瞳をセラの背後に向けるフェズ。そして、何やら目的のものを見つけたらしく、軽い足取りで歩き出した。
彼が向かう先には行商人との約束を果たしている筆師の姿があった。
「とういうことなんです、ブレグさん」
「なるほどぉなぁ……隊員たちに言っておこぉう」
ブレグの口調は少し威厳というものを見失っている。どうやらほんとうに酒を飲んだらしかった。それも大量に。
「なぁ、ユフォン! 訊いてくれよぉ!」
フェズにしてはタイミングよく、二人の会話が終わったところでユフォンに声を掛けた。
「どうしたんだい? フェズ」
「ズィプが昼寝の邪魔をした。まだ眠れただろ、俺。試合は最後だ」
「あ、あぁ……ははっ」
ユフォンは苦笑いを浮かべつつ、ズィプの方が正しいことを講釈する。
「フェズがそのまま寝続けてたら、試合に出れないかもしれないだろ?」
「ほお? それはないだろ。俺は起きるからな、なんてったって大事なことだからな。ま、もういいや」
フェズは突然話を切り止めて、独り開口部へと向かって行く。
「やれやれだよ、フェズの相手は」ユフォンはセラとズィプのところへ歩み寄る。「もう、始まるかな?」
三人は窓から会場を覗き込む。
客席はすでにたくさんの人たちによって埋められていて、彼らはまだかまだかと大会の再開を待っていた。
貴賓席もドルンシャ帝の席を除いて埋まり切っている。
闘技場は整備され、午前中にできた地面の傷もすっかりなくなっていた。
「あ、ニオザだ」
ユフォンが実況席を指さす。そこには梯子を昇り終えたニオザ・フェルーシナの姿があった。
実況者は拡声の魔具を手にして、動作確認を始める。すると、すぐに彼の声が会場中の人々の耳に届く。
『えー、皆さま! 間もなく、第一回戦の後半が始まります。もうしばらくお持ちください』
「午後の最初の試合って、あの人だろ、鉄仮面の」
「うん、そう」
ズィーの言葉に反応してセラは控え室を軽く見まわす。午前中にはいなかった鉄仮面フードのマスクマンの姿も、彼女と目が合うと気まずそうに逸らす他都市の警邏隊員フォーリスの姿も捉えることができた。他にも、午後に試合を控えている選手たちは全員そろっていた。いないのはヤーデンとナギュラ、それからロマーニの三人だけだ。
彼女は若い係りの者が慌てふためくことはなさそうだと安堵する。
「フェズとブレグさんに肩を並べる実力者……早くその戦い見たいなぁ!」
すでに自分の試合は終わったというのに、彼はとてもわくわくとした様子だった。その横顔を見るセラの心も踊る。
ニオザの一言から間を置くことなく、控え室の扉が叩かれ、例の若い男がマスクマンとフォーリスを呼びに来た。
『皆さん! お待たせしました、これより、第五試合、選手の入場です!!』
観客たちの期待を増長させるようなニオザの口調に、会場は歓声で揺れる。