赤色を嫌っている男
「や…やめっ…あなたたちが探してるのは姫様でしょう!真っ白人形ならこの中にいるから助けてよ!!」
赤銅色のメイドが泣き叫ぶのを俺は冷めた目で見つめ、剣を振り下ろした。
剣についた赤い血にさえ嫌悪を覚え、振り払う。
振り払った赤が服に付き、まるで逃れられない呪いのように浸みていく。
「代表!」
仲間の声に振り向けばそんな汚れなど気にもならないくらいの赤色が広がっている。
元々赤色ばかりの装飾だったが、さらにむせ返るような赤に染まっていた。
「…姫はこの中だ。俺が行く」
「分かった。こちらは残りを始末しておく」
赤色の中へ戻っていく仲間の後ろ姿を見届け、再度扉へ向き直る。
ノックせずに扉をあけ、中を見渡すが誰一人姿がない。
姫も、姫の世話役さえも見当たらない。
世話役は姫を置いて逃げたのかもしれない。先ほどのメイドも『真っ白人形』などと呼んでいたくらいだ。
その程度の扱いしかされていなかったのだろう。
「お客様ですか?どうぞこちらに来てくださいな」
寝所へと続くドアから声をかけられる。
まだ少し幼さの残る声。そんな声の持ち主は姫しか考えられないが、『人形姫』がこんな風に声掛けをするだろうか。
「どうしました?」
「………」
立ち止まっている時間もない。
足を踏み入れると上半身は天蓋に隠れ、寝台から伸びる小さな足だけか見えた。
「…人形姫か」
「そんな呼び方もされてますね。私に用ならばそこへお座りください」
白い手が天蓋から現れ、寝台近くにある椅子を指す。
そろりと足を運ぶと少女の全容が見えてきた。
白く小さな足に、白くて細い頼りない手。
赤い瞳からは涙が流れ落ち、浮き上がったような赤い唇は笑みを浮かべている。
そして、見事なまでに鮮やかな、赤の髪。
「こんな状態でごめんなさい。まだうまく感情が制御できないの」
ふふふっと口で笑い瞳は泣きながら少女が言う。
泣けるところでも笑えるところでもない。
どこか恐怖を感じ、背中に汗が伝う。
「姫はどこだ」
乾いた口から何とか声を出した。
「私ですが?」
少女が首をかしげる。
「嘘をつくな。姫の髪は白だ」
「ああ、そうですね。そう、こんな白だったんですよ。さっきまで全部」
少女は一房だけ赤に混じる白を掬い上げた。
髪色に複数の色が混ざっているのは少ないが存在しないわけではない。
ここまできっちりと2色に分かれているのは珍しいが。
そんなことよりも、髪色が変わるなど聞いたことがない。
髪は染めることさえできないのが常識だ。
「もう一度聞く、姫は、どこだ」
「…困りましたね。本当に私なのですが…髪色は白に戻らないし」
困った風にはまったく見えない。
「それより気になっているのですが、なぜあなたは赤を持っているのに反乱軍など率いているのですか?」
「―っ!」
とっさに頭につけていた布を抑える。
少しもずれていない布に安堵し、咄嗟にとってしまった行動に悔む。
これでは肯定しているものだ。
「何故そんなことを知っている」
俺が赤を持っていることは近しい者しか知らない。
「神子ですから。わかります」
「バカな!その年で神子ならもう見つかっているはずだ」
「そう言われても…本当なんですよ」
「…」
「ねえ、反乱軍のお客様?私の話をもう少し聞いてくれないですか?」
「……」
「無言は肯定ととりますからね」
そして少女は語りだした。
この国から飛び立つための歪んだ計画。
年月を、命を、一生をかけ、檻から出るための計画。
何一つ証拠はない。
語っているのは一人の少女だけ。
「…その話を信じろと?」
「別に信じなくてもいいです。ただ、あなたには有益な情報だったのではないでしょうか」
「確かに、その話が本当なら反乱軍へ力を貸すものは増えるだろう。だが、証拠はない」
「証拠なんてなくたって揺さぶりにはなりますよ。事実、神子はまだ見つかっていないのですから」
「…お前が神子だというのなら、お前を使ったほうがよさそうだが」
「嫌ですよ。もうこの国に…血の一滴たりとも…使うものか」
ピタリと瞳から流れていた涙が止まった。
その瞳が仄暗く、歪む。
ぞくりと背中が泡立つ。
ずっと恐怖を感じていたはずなのに、何を忘れていたのか。
口から出そうになる叫びを必死で噛み殺した。
「おまえも、わたしを、りよう、するか?」
こんな小さな少女に何を恐れているのだろう。
そう考える頭も残っているのに、本能的に逃げ出したくなる。
「あぁ、ごめんなさい。感情の抑えが利かなくて…」
すっと消えた威圧にひゅうと空気が口に入る。
息をするのを忘れていたらしく、一気に入ってきた空気に咳き込んだ。
「…それに有益な情報はこれだけではありません。知りたくないですか?」
「ケホッ…有益な、情報?」
「ええ、どうも皆様『人形』の前では口が軽くていらっしゃるから、とても楽しいお話をたくさん聞いているのです」
感情もなく、白い髪の小さな姫に、貴族は何を聞かせたのだろうか。
いや、貴族だけではなく使用人もすべて、この姫に口汚くさまざまな事を聞かせたのだろう。
『人形』に何を言っても構わないと。
「それを話して、俺に何を求める」
「さすが反乱軍を率いるだけあって、話が早いですね」
涙も威圧も消え、今はただ明るい笑顔のみ。
「私を死んだことにしてほしいのです」
だが、笑顔で言うことではない。
「王家は私を探すでしょう。死んだことにしても信じるわけがない。けれど、死んだことにすれば大々的に手配することはできません。そうなれば見つけることも困難になりましょう」
「死んだことにしてどうする」
「逃げます」
「逃げた後は?」
「さぁ、どこかで生きてますよ」
感情を取り戻した少女は生きると言った。
ならば、いいのかもしれない。
「わかった。まずは服を脱げ」
「えっ」
初めて見せた驚きの顔にやっとこちらにも余裕が出来た。
「その服で逃げるつもりか。適当にそこらへんから剥いでくるからそれに着替えろ」
「…なるほど」
「当分の旅の資金も用意する。…まさか世間知らずではないだろうな」
「そこはご心配なく。これでも知識だけは豊富です」
薄汚れた服に外套を用意し、少女が着ていた服と宝飾品は適当な遺体に着せる。
これを燃やせば宝飾品と骨だけで姫と判断されるだろう。
用意している間に、少女からは愉快な情報を聞いていた。
使用人の噂話から、貴族の戯れ言、王族の秘密まで。
準備が終われば後は逃げるだけ。
「では、手はず通りに私が恐怖で勢い余って火をつけたことにいたしましょう。貴方は命からがら逃げてください」
「ああ」
「死なないで下さいね」
「お前もな」
「最後に聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「どうして、赤を持っているのに、反乱軍を率いているのですか?」
先ほどは答えなかった疑問。
だが、そんなもの、簡単な答えだ。
「俺は赤色が嫌いだからだ」
少女は晴れやかに笑った。
「私も、赤色は大っ嫌いです」
それが少女と交わした最後の言葉となった。
姫を死なせた事は大きなひとつの起点となるだろう。
反乱軍には白の親子を王族であろうとも慕っている者もいる。
だが、大半は王族であるだけで白であろうが憎しみを持っている。
混乱はあろうとも、知り得た情報を加味すればこちらに利益が上がる。
あの少女は無事に逃げれただろうか。
それはもう、俺には知り得ない事だった。