赤に狂わされた緑の男
この国は赤色に狂っている。
一歩国の外に出れば赤以外などありふれているというのに。
赤の国に生まれた赤以外の扱いは酷いものだ。
緑を持って生まれた俺は、生まれてすぐに親に捨てられた。
保護された施設では同じような赤以外が溢れていた。
国境の近くにある保護施設だったため、国の外の人間を見る機会も多く外の事を知れば知るほど
この国で生まれたのが悪かったのだと、憎み、妬み、反発もしたが、最後は諦めた。
大きくなれば、この国を出れば良い。それだけだった。
国の中で向けられる視線が変わってきたのは白色の戦姫が活躍してきたくらいからだろう。
のちに神子との婚姻したことは国外でも話題になっていた。
この国にとって大事な大事な神子の相手に白い王女をあてがうなど、赤狂いの国にしてはおかしなことだと。
その時にはもう別の国で暮らしていた俺にはどこか別世界の話のように思えた。
それでもこうやって耳に入ってくるのはどう足掻こうとも赤狂いの国を気にしてしまうからなのだろう。
複雑な想いを持ちながらも、平凡に働き、出会いに恵まれ、子に恵まれ、かの国はさらに遠くになってきた。
神子が亡くなろうとも、なにも感じることはなかった。
しかし、俺の暮らしを乱すのは結局、赤狂いの国なのだ。
大きくなった娘を連れて、妻も一緒に育った施設を訪れた。
父さんの育った国に興味があると娘は笑った。
やっとあなたに近づけた気がすると妻も笑ってくれた
俺の面倒をみてくれた人は年老い、見知らぬ人が増えていた。
帰りが遅くなり、一晩泊めてもらう事になった。
夜中に叫び声で目が覚める。
駆け付けた部屋には血だまりの中に子どもが何人も横たわっていた。
妻と我が子は恐怖で震えていた。
俺は無我夢中で武器を持っていた男に掴み掛り、殴りつける。
男の仲間が下種の笑いで俺を殴ってきた。
妻と子供に必死に「逃げろ」と叫ぶ。
倒れ、何度も殴られるうちに意識を失った。
目を覚ました時には全てが終わっていた。
大きな怪我を負った俺は数日意識を失っていたらしい。
施設の子どもたちの半数が死んだそうだ。
妻は遺体で見つかり、赤い髪の娘は連れ去られていた。
この施設に赤い髪の娘が来たと誰かが伝えたらしい。
そのことを知らされた強欲な領主が、神子かもしれないとこの凶行に至ったらしい。
娘が生きているなら。
僅かな希望を持って、娘を取り返しに向かった。
無駄だと引きとめられたが、聞く耳は持たなかった。
神子が見つかったとなればお祭り騒ぎになっているはずだ。
騒ぎがないという事は、娘は神子ではなかったのだろう。
きっと、神子でなければ返してもらえるはずだ。
だが、返してくれと訴えても、お前の娘など知らぬと言われ、汚れた色が近づくなと追い出された。
娘を取り返す事さえ、もうできないのか。
絶望に打ちひしがれている所に出会ったのが、反乱軍だった。
ここの領主は今までも目に余る凶行を繰り返しているそうだ。
反乱軍に力を貸せば、娘を取り返せる機会が巡ってくるかもしれない。
わずかな望みであろうと、それに縋らなければ俺は生きていけなかった。
反乱軍の多くは赤以外の色を持つ者たちであった。
赤色に狂わされた者たちの集まりだった。
まだ時期尚早だと領主の館にすぐに攻め入ることはなかった。
待てば待つほど焦りと不安が押し寄せる。
ただ娘を助け出す事だけを考え、他にはなにも考えないようにした。
黙々と待ち続け、やっと訪れた好機。
白の戦姫の娘が隣国へ訪問する、その途中でここの領主の館に立ち寄るとの情報が入った。
王族だろうがなんだろうが赤色以外を嫌悪している領主だから体裁だけの警備強化のために日雇いの兵を募集している。
下っ端でも入り込めることさえ出来れば館の内部は把握済みだ。
反乱軍には白の戦姫を崇めている者もいるため、反抗するものも少なからずいたが姫様は捕らえても危害を加えないということで話がまとまった。
当日、先に潜入した仲間に手引きをされ捕らえられている娘の元に向かった。
何人もの女子供を地下牢に閉じ込めていることは知っていた。
そして目にしたものは、残酷な事実であった。
連れ去った娘を領主は慰み、嬲り、鎖につないでいた。
目は虚ろで意思はないが、その腹は異様に膨れ上がっており、現実を訴えている。
娘は俺の姿を目にしても何の光も映さなかった。
けれど、生きている。
生きているだけで、良かった。
捕らえられている人々を逃がしている所で想定外の事が起こった。
白の姫様が滞在している離れから火の手が上がったのだ。
そんな予定は一切ない。
姫様には離れから出て来れないように大人しくしてもらうだけだったはずだ。
炎は治まることを知らず、どんどん広がってゆく。
混乱に乗じて領主は捕まえられたと聞き、これ以上の打つ手はないとその場を離れた。
その後、炎に包まれた離れからは誰とも判別できぬ死体が多くみつかった。
予定外の事ではあったが領主を捕まえ、姫を殺したとなれば、もう立ち止まる事など出来なくなった。
反乱は進む。
誰も止めることはない。
結局娘の体は出産に耐え切れず、命を落とす事となった。
最後までその瞳に光を映すことはなく、俺の胸にはわだかまりが残ったままになった。
捕らえられた領主は、この国への見せしめとしてもう死体となり王城へ送られている。
娘の子供は俺と同じ緑の髪を持っていたことにどこかほっとしてしまった。
自分に嫌気がさした。
赤に狂っているのは自分なのかもしれない。
娘も死に、小さな赤子だけ残された俺だが、このまま反乱軍に残ることに決めた。
狂ってしまったのならば、最後まで狂った国に付き合うのもいいのかもしれない。
反乱軍の代表にその事を伝えに行けば、悲しそうに了承をしてくれた。
どこか様子がおかしい気がして、尋ねればポツリと呟いた。
あの領主の館で赤の神子を見た。
だが、赤の神子はこの国を捨てて出て行ってしまった。
なぜそんなことがわかるのか。
そう尋ねるが、冗談だと返された。
冗談には到底見えなかったが、それ以上代表は口を開かなかった。
もし本当に赤の神子がこの国を捨てたのならば、この国に赤色が産まれる事が減っていくのだろう。
そうなれば、この国は正気になるだろうか。
それとも、さらに狂うのだろうか。
すでに狂っている俺には、分からないことであった。