伝説の放浪メイド
初投稿です。
私の職業を一言で表すなら「放浪メイド」と言う言葉が妥当だと思う。
「短い間でしたがお世話に成りました」
最上級の礼をとる。この屋敷に仕えて6年。
男爵である旦那様と奥方様の仲はあまりよろしくなく、冷え切った夫婦の間には御子息がお一人。
自分より3才年下の一人っ子で病弱なアルフ坊っちゃまの専属メイドとして働いてきた。
お優しく可愛らしいアルフ様も13歳と成られ、立派な騎士と成るべく貴族の御子息達が通われる騎士団寄宿学校にめでたく御入学されるはこびとなった。
私個人としては、長きに渡る戦を続ける国の騎士になるなど不安で仕方なかったが、旦那様と奥様はとてもお喜びの様だった。
長期休暇には必ず戻るから絶対に待っていて、と涙ながらに出立されたアルフ様をなんとか笑顔で見送った翌日、奥方様は私にクビを言い渡された。
理由はアルフ様に専属メイドはもういらない、というものだった。
一応不憫に思われたのか、男爵家の家令が次に仕える先を紹介してくれたのは幸いだった。
トランク一つ抱えて私はお屋敷を後にした。
「短い間でしたがお世話に成りました」
次に仕えたのは子爵家だった。
期間は1年。
短かった。
主付きのメイドだったのだが、旦那様が病のため寝た切り生活を送っており、所謂介護をしていたのだがその主様も病に打ち勝つ事無く永眠なされた。
苦しまずに逝かれた事がただただ救いだ。
子爵の家は揉める事なく無事に御長兄に継がれたが、貴族社会によくあるパターンの借金まみれ。
借金を減らすべく財布の紐は堅くなり、介護メイドであった私は一番のリストラ対象となった。
致し方あるまい。
しかし次の就職先は確保して下さったのはありがたい。
私がトランクを抱え向かった次なる職場は子爵様のご友人宅であった。
「短い間でしたがお世話に成りました」
早すぎる。
今度はたった半年。
最短記録更新である。
ご友人の侯爵家は雇われた瞬間から先代から持ち越しの借金やなんやらで崩壊寸前であった。
不必要な荘園や過ぎた家財などを処分してなんとか取り潰しは免れたが、これからはけして贅沢は出来ないであろう経済状況となった。
新たな特産品が開発出来たのは幸いだった。
しかしまたしてもリストラ。
新顔や若い順からクビになるのはしょうがない。
優しい侯爵家の執事から紹介状を頂いた。
ただいま私の手元には3通の紹介状。
出来ればこれ以上増えないで欲しいところだ。
「短い間でしたがお世話に成りました」
2年勤めた。
お仕えする事となった可愛らしいお嬢様達が無事に幸せな恋愛結婚をされ、私はまたもや不必要となってしまった。
奥様に呼び出された結果私の紹介状は4通となり、次の就職先は奥様のご友人宅に決まった。
またしてもお年頃のお嬢様のメイドらしい。
「短い間でしたがお世話に成りました」
言うのも飽きてきたが仕方ない。
1年後の事である。
美しい純白のドレスを纏われたお嬢様は大変お美しく、私もとても嬉しかった。
このお屋敷の皆様はとても優しく良い方達ばかりで私も張り切ってお仕えしていたのだが、お嬢様のお嫁入りを機に旦那様からぜひにと頼まれまた勤め先を替わる事と相成った。
「短い間でしたがお世話に成りました」
「短い間でしたがお世話に成りました」
「短い間でしたがお世話に成りました」
…
……
☆☆☆☆☆☆☆
飽きた。
正直に言おう。
メイドと言う職に、飽きた。
いや、放浪に飽きたのかも…。
13歳でメイド見習い、3年後の16歳で一人前のメイドとなり早12年。
私ももう28歳になっていた。
何人の主に仕えたのか、もうわからない。
貴族の家をフラフラ彷徨う生活が辛くなってきた。
この勤め先を最後に生涯お仕えしようと心に誓っていたのだが、非常に残念な事に雇用主の公爵様から直々に解雇を言い渡された瞬間、メイドと言う仕事に疲れてしまった。
公爵様が今までになく可愛がって下さっていたので、余計に落ち込んだ。
次の勤め先を紹介しようと言われたが、メイドを辞める事を宣言し次なる職場の紹介は必要ありませんと丁重にお断りし、翌日早朝屋敷を後にする事にした。
のだが。
屋敷を出て直ぐ拉致られた。
貴族のお屋敷の中でヌクヌクと過ごし、世の中の情勢に疎くなっていたらしい。
さて、一体何処に連れて行かれるのか。
人身売買だろうか。
それならもっと若い女性の方が…、とまで考えて悲しくなったのでやめた。
ポロリとこぼれた涙に私は自分がとても疲れている事に気が付いた。
やっとこんな放浪根無し草生活が終わるんだと気を緩ませていたのがいけなかったのか、久しぶりに全力で運動(抵抗)した疲れが出たのか、はたまた極度の緊張によるものか、拉致られたクセに穏やかに揺れる馬車の中でつい眠ってしまったのだ。
一生の不覚。
そして次に目が覚めた時、私は何故か柔らかな高級寝具の上におり、かなり好み…いや、正直に言えばドストライクの見知らぬイケメンに頬を撫でられていた。
思わず凝視してしまった。
「…やっと…会えた。ずっと探していたんだ」
私は記憶力は良い方だ。
こんな好みのイケメンならなおさら忘れない。
低く色気漂う艶のある声にハートを撃ち抜かれそうに成りながら必死に記憶を辿るも、その声に聞き覚えは無い。
心当たりが全く無い。
残念ながら全く無い。
申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?貴方は誘拐犯でしょうか?わたくしには心当たりが無いのですが、どなたかとお間違えになられているのでは?
そう一気に尋ねるとイケメン男性は顔を顰めた。
そうしてムギュリ、と私を押しつぶす様な勢いで私を抱き締めた。
「酷いな。僕の事を忘れてしまったのか?」
緩いカールのかかった柔らかな黒髪、濃いブルーの瞳は鋭い知性を覗かせキラリと輝いている。
抱きしめられたままの体越しに感じるのは鍛え上げられた筋肉に厚い胸板。
背中に感じる腕は逞しく、しなやかだ。
意識した瞬間、やたら緊張し、体が震えた。
…長らくメイドをしておりますれば私のようなメイド相手にでもお戯れになる御貴族様もおられまして、お尻を撫でられるのはご愛嬌、むやみやたらと抱きつかれた事もございます。
だが…
だが、しかし!
こんな超タイプの男性にされれば忘れるハズがございません!
思わず鼻から赤い情熱がほとばしりそうになるのを必死で堪えながらやっとの思いで口を開く。
「…申し訳ありませんが、やはりわたくしには覚えがなっ…!」
最後まで口にする事は出来なかった。
イケメンに口を塞がれたから。
唇で。
突然のキスにパニックで心臓まで停止しそうな勢いで固まった私をさらに力強く抱き締め、腰が抜ける様な良い声で囁いた。
「オレンジミートパイが食べたい。作ってくれないか?僕の優しい魔女さん」
…優しい魔、女…?
彼は私の目を覗き込みながら更に言葉を重ねてゆく。
「あぁ、あの甘いリコルの薬草茶も飲みたい。教えて貰ったように茶を淹れても美味しくないんだ。貴女が淹れてくれた物が飲みたい。チーズクッキーと甘くないキャロットケーキも付けて?それに、ハーブと野菜たっぷりの柔らかいオムレツも食べたいな。ああ、お願いだから泣かないで」
大きな手が白いハンカチを取り出し私の目尻に触れる。
「君がくれたハンカチもまだ使ってるんだ。でも、そろそろ新しいハンカチが欲しいな。次も君の好きなリコルの花の刺繍が良い。駄目かな?」
…リコル、柔らかなブルーの小さな花。
私の大好きで大切な小さな花。
「あの日くれたお護りのメダルは今も大切な僕の宝物なんだよ」
胸元から取り出された傷だらけの小さな銀のメダル。
「何度も命を助けてくれたんだ」
一番大きな傷を指差しここは矢が刺さったんだ、これが無かったら死んでたよ、と笑う。
私の故郷の村だけに伝わるリコルの花と小鳥が描かれた魔除けのメダル。
厳しい自然に阻まれ貧しかった故郷の村から持ってきた、大切なお護り。
離れてしまう大切な主に手渡したお護り。
「っ、ア、アルフレッド様…」
細く華奢な少し淋しそうな目をした少年だった。
病気がちで物静かで我儘も言わず優しく笑っている少年だった。
本が好きで、甘いお菓子が好きで。
リコルの花と同じ色の瞳の少年は、メイドとして最初に仕えた、大切な主。
「…あの頃みたいに、呼んで」
「…ア、…アルフ様」
「…フィオーナ…僕の優しい魔女さん」
そういうと、彼は私の手を持ち上げ、指先に唇を押し当てた。
「やっとフィオーナを取り戻せた。もう絶対に離さない」
☆☆☆☆☆☆☆
「こっ、こ、こ、これはっ︎」
子爵の位なられたアルフ様の新しいお屋敷の中で、私ははしたなくも大声を上げてしまった。
手渡されたのは真新しい小説。
読んでみて、と言われ斜め読みで数ページ眺めて唖然とした。
「フィオーナの物語なんだって」
イスに腰掛け、リコルのお茶を優雅に飲みながらにっこり微笑まれるアルフ様。
「苦労しましたわ~。アルフレッド様に頼まれて貴女の行動をこっそり観察しながら小説を書くのは大変だったもの~」
そう言って優雅に微笑まれるのは向かいに座るニーナ様。
アルフ様に連れられお屋敷にいらっしゃった時には心底驚いた。
私のお仕えした元主のお一人で幸せになって下さいと送り出したお嬢様のお一人だったからだ。
って…、
か、観察︎?!
私、ニーナお嬢様に観察されていたの?!
ってか、ニーナお嬢様が小説家?!
アルフ様とどの様なご関係で?!
「作家名は男性名にしてあるの。色々と面倒でしょ?女だと。わたくしの主人はアルフレッド様の親友でね、同じ寄宿学校で同じ年に卒業されていたの知らなかったでしょ?我が家に貴女が勤めに入った事を知ったアルフレッド様がわたくしと顔見知りだった主人を通じて秘密裏に我が家に尋ねていらしてね。頼まれたのよ~」
おかげで報告と連絡を取るために仲介してくれていた主人と会う時間が増えてね、そのうち仲が良くなって~、とか。お嬢様と旦那様にそんな裏話があったとは…。
「えっ、あ、で、でもニーナ様の旦那様とアルフ様は年齢が合いませんよね?」
「優秀なメイドに育てられた少年は実に頭が良くてね。4年飛び級したんだよ」
えぇぇぇぇぇ!?
「アルフレッド様は剣技もとても優秀で卒業式の時には主席で総代の挨拶もされたのよ?わたくしの結婚式にもご出席して下さって。その時に引き合わせようとしたのに、貴女はもう居なくなっていたのよ」
そういえば、あの時、別れの挨拶が無かったわ!とか、いまさらです!
「居なくなったフィオーナの足取りを掴むのは本当に大変だった。皆フィオーナを隠そうとしたからね」
な、なんですと?!
「そうねぇ。わたくしもシェリーと共に、お母様を締め上げ…、いえ、何度もお願いしてやっと新たな勤め先を聞き出したりね?」
言い直したけど、バッチリ理解はしましたよ…。
奥様、お気の毒に…。
「本当にフィオーナの情報は要人並みの時間と手間がかかったよ。警護もありえない位についていたし」
はぁ?!な、何故でしょう?
「そうですわね。隙あらば攫おうとする輩が多くて。」
ただのメイドをですか?!
「で、でも私、拉致されましたが…」
公爵家を辞し、屋敷を出て辻馬車を探していたら拉致られたのは記憶に新しい。
「拉致だなんてひどいな。あれは僕の部下達だよ」
「えぇぇぇぇぇ!」
ぶ、部下…?!
「フィオーナがメイドを辞める、と公爵様から連絡を貰った時は慌てたよ。次の雇い主になるのは僕だったのに。あちこちに事情を話し、手を回してやっと手に入れた権利だったのに。直ぐに迎えに行こうと思ったけど、任務中で手が離せなかったから、部下に頼んだんだ。一応、丁重にもてなして連れて来いと言っておいたんだが、誤解が生じたみたいだね。」
開いた口が塞がらなかった。
「ぶ、部下って…。き、騎士団の方達だったのデスカ…」
そう言われれば、やたらとガタイの良い身綺麗な男達であった。抵抗する私に乱暴する事もなく、丁寧に馬車に押し込もうとしていた。
散々っぱら抵抗した私にボコボコにされ、最後は土下座して馬車に乗って下さいと言ってきた時におかしいとは思ったんだ…。
まさか騎士団の方々だったとは…。
「フィオーナは強いから気を付けろ、って言っておいたんだが。まさか全員負けるなんてね。あいつら、鍛え方が足りない。怪我が治ったら鍛え直してやる」
え、あ、あの…。
何だか申し訳ないデス…。
「まあ!フィオはそんなに強いんですか?」
「僕に剣術を仕込んだのはフィオーナなんだよ」
クスクス笑うアルフ様。
そ、そういえば…。
立派な騎士に成ってフィオーナを護りたい!ってアルフ様が言い出したのが嬉しくて、村に伝わる剣術を教えたけど…。
「まぁぁぁ!!では、アルフレッド様のあの負け知らずの剣術はフィオが?!」
あ、いや、あの…。
「そう。約束通り騎士に成れたし、大切な人を守れるだけの力を手に入れる事が出来た。だから、フィオーナ、もう一度僕の側で暮らさないか?」
優しく微笑まれるアルフ様。
笑顔は懐かしい面影を残している。
胸の奥から暖かい想いがこみ上げてくる。
ええ、ええ!不肖わたくし残りのメイド人生を賭け、一生アルフ様にお仕えいたしますとも!
涙を滲ませながらこくり、と頷いた私にニーナ様が声をかけた。
「あ、そうだわ。忘れる所だったわ〜。この本はフィオが主人公でしょう?印税の半分をモデル料として貴女に送りたいの。こちらにサインをしてくれないかしら?」
折りたたまれた書類を取り出しながらニーナ様が言う。
辞退を申し出たが貰っておきなさい、と笑顔で言うアルフ様に半ば強引にペンを手渡された。
次々と指し示されるまま、サインを書いて行く。
手が痛くなるほどサインを繰り返した。
印税を受け取るのは大変なんだなぁと考えながらサインをし終わると、おもむろにアルフ様が一枚の書類を抜き出しサインをする。
「これで完璧ですわね。」
「ありがとう。ニーナも此処にサインを。」
ニコニコと笑い合うアルフ様とニーナ様。
ふとニーナ様がサインしている書類に目を留めた。
「…っこ、こ?!」
婚姻届、とデカデカと書かれた紙。
ニーナ様は見届け人の欄にサラサラとサインしていた。
慌てて伸ばした手は届かなかった。
ヒラリと中に浮く書類を目で追えば柔らかく微笑むアルフ様の顔。
「言っただろう?もう離さないって。」
「あ、いや!ちょっ、まっ!」
「うふふ!こんなに慌てるフィオを見たのは初めてだわぁ~!」
な、何呑気な事を仰ってるんですか!私が貴族であるアルフ様と結婚など許されませんっ!
そう言い切った私に、はい、これ見て、と差し出された書類には…。
「こっれ、よ!…えええぇぇぇ!!」
それはこの間までお仕えしていた公爵様のお名前が。
その下には私の名前。
内容は下記の者を養子に迎えるとある。
「あ、ちなみにこれ、次の職場からの召喚状だよ。フィオーナと離れたくないから、ちょっとワガママ言ってねじ込んでみた」
「わ、ワガママですか…。って、アルフ様?こ、これ…、ぎゃぁぁぁぁぁっ!!お、王宮って!!」
「大丈夫。王様は以外と優しい人だし、王妃様もフィオーナにぜひ会いたいってお喜びだったよ」
床に崩れ落ちた行儀の悪い私を叱る人など居なかった。
居たとしても私の行動は正しいと全身全霊で説明する所存だ。
☆☆☆☆☆☆☆
「彼女の行方はまだ分からないのでしょうか?」
「あぁ、あの伝説のメイドのお話でございますか?」
王宮のサロンで噂される伝説のメイド。
ノンフィクション人気作家の最新作の主人公である。
病弱で成人にはなれぬであろうと噂されていたひ弱な男爵子息は今では国内屈指の立派で美しい騎士となり次々と功績を挙げ子爵まで位を上げ、近衛騎士長となり数年前に公爵家の令嬢と結婚した。
もがき苦しむ死の病に伏した子爵は皆が驚く程幸せそうに、眠るように息を引き取り、更に下火だった子爵家は勢いを盛り返して領地を見事に治めている。
度重なる戦に領地を焼かれ税を納められずお家取り潰しの危機にあった侯爵家は領地を幾ばくか減らしたものの、見事な改革と特殊な地域特産物で見事に持ち直し、今や国内有数の資産家でもある。
メイドが寄り添い送り出した貴族の娘達はベストセラーの恋愛小説になるほどの大恋愛の末、今も甘く幸せな結婚生活を送っていた。
引きこもりの子息を社交界の人気者にした、領地にはびこる巨大窃盗団を一網打尽に捕えた、不毛の大地を見事な麦畑した、など、今では数え切れない逸話の数々。
それは一人のメイドの話。
次々と仕えた先に幸を呼び、福を呼び込むと噂され、彼女を雇いたい、懇意にしたい、嫁にしたいと彼女の勤めた貴族先には連日様々なアプローチが成される程。
そんな伝説のメイドが、ある日突然消えたのだ。
「あぁ、彼女のようなメイドが我が家にも来てくれないかしら。息子の将来が心配で…」
「本当に。彼女は何処にいるのかしらね…」
☆☆☆☆☆☆☆
これはつい先日の事。
隣国との長らく続いた戦が平和協定を結ぶ事により終わりを告げ、国内は一気に平和になった。
更にはお互いの皇太子に王女が嫁ぎ合うという事となり、更に平和ムードは加速した。
先の王の時代から続いていた戦に終止符を打った王はさらに素晴らしい政治手腕を発揮し国を平和へと導き、この国初の賢王として歴史に名を刻みその御名は長く語り継がれる事となる。