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I'm OK You're OK3

 あーあ。本当に何でこんなことになってしまったのだろう。


 想定外のことが起こったわりに顔には出さず、その後の懇談会を無難に終えたのは、ほんと奇跡のように思える。多分大学出たばかりのスキルが無い私だったら悲惨なことになっていただろうな、と思えるぐらいには冷静だ。

 個別の質問や挨拶を終えた保護者は続々と席を立ち教室から出て行く。

 一向に出て行く気配すらないのは若干一名いるけれども。

 廊下へ出て階段を降りるところまで見送って、きびすを返した。職員室へと戻る隣のクラスの先生とすれ違い「お疲れ様です」と軽く頭を下げた。私もそのまま職員室へと戻りたい気分をこらえて、教室のドアを後ろ手に閉める。ため息をひとつついたところで、先に口を開いたのは高山くんだった。

「ウソの番号を教えるなんてひどいなり」

 懇談会の時は一番後ろの席にいたのに、いつのまにか教卓に近い一番前の席に移動している。

「…保護者の方には番号を教えないことにしています。平日は遅くまで残っていますし、土日もほぼ出勤しているので何かあれば学校の番号にどうぞ」

「ふーん、その方がいいならそうするぜよ?」

 最初から私が負けると思っているのだろう。にやにや笑っている顔に腹が立つ。いやどう見ても私のほうが分が悪いですけど。

「……あのさ、何が目的なの?私を辞めさせたいの?」

 教卓の前まで歩いていく。座っている高山くん。立ったままの目線でいるから、彼を見下ろすことになる。

 まだ仕事に就いて数年とはいえ、この職業に対してプライドがある。けっして出来がいいとはいえないけど、失敗もそれなりに経験したけど、もがきながら今日までやってきた。こんなことですべてを終わらせたくない。

 …高山くんの客になるか、退職か、その二択を迫られたら腹をくくるしかないけれども。

「付き合って」

 高山くんの口から出てきた言葉は意外すぎて、何を言っているのか一回では理解できなかった。

 付き合って?何に?

「は、どこへ?」

 ボケでもなんでもなく、そのときの私はそう返してしまった。高山くんはにこにこ笑っている。

「どこ、じゃなくて俺の彼女になってって言うちょる」

「誰が、誰の」

「綾が俺の」

「…綾って誰よ」

「おまえさんなり」

 は。私が高山くんの彼女になる?

「……なにこれドッキリ?」

 思わず周りを見回してしまった。そこにはいつもの見慣れた教室しかなく、物陰から「はいドッキリでしたー」なんて看板を持ったひとは一向に出てこない。そんな私を見て高山くんは面白そうに笑っている。

 何で一回しか会ったこと無いイケメンに告白されてるの、私。どう考えてもドッキリでしょう。

「ドッキリやなか。本気やし」

 ていうか目の前のひと、いつのまにか笑ってないし。なんか真面目な顔しているし。

「…いやいやいやいやいや!意味が分からないから!何で私が高山くんと付き合わなきゃいけないの!?」

「おまえさんに興味があるから」

「…いやいやいやいや!興味があるだけで付き合うとか理解できないし!第一私は高山くんのことが好きでもないし、望んでない!」

「冷たい言い草やのう。ええよ。好きやなくても、彼氏がいても」

「は?」

 いや別に彼氏いませんけど。あえて言いませんけど。

「絶対惚れさせる」

  ……。

 あのー、みなさん。ここにホストがいますよー。本物ですよー。

 なんて教室の窓を開けて叫びたい。いや叫んだら全てが終わるんですけど。わかってますけどそれくらい。

 黙り込んだ私になおも話しかけてくる高山くん。話半分に聞きながら、正直鬱陶しいんで誰か変わってくれないかな、なんてぼんやり考えていた。

 …高山くんの言っていること?もちろん思いっきり頭の中スルーしていますけど。



 ということは実は夢でした、っていう展開を切に望んでいます。夢オチであってくれ。

 半ば強請られるような形で携帯番号を教えることになってしまった。あれがあの時ベストな判断であったと思いたい。ほんといい性格をしている。

 番号を教えた夜から、毎晩かかってくる電話は華麗に無視している。携帯の着信履歴は彼の名前でびっしりである。着信拒否にしないだけましだと思ってほしい。

 社会人の常識としてまさか本当に職場の方にかけてくるとは思っていないので、とりあえず当面会うことはないはずだ。その間にどうやってこの事態から逃れるかを考えようとしていたんだけれども。

 ふと職員室の窓からグラウンドの方を見る。学校指定のジャージや部活でそろえたジャージに混じって白い頭がぴょこぴょこ動いている。


 なんでグラウンドにいるのかな…なんでジャージ着てテニス部の子たちとミーティングしているかな…。なんで見るからにコーチ、っていう風になっているのかな…。

 もうため息しか出てこない。


 懇談があった次の週の放課後、校長室で彼との三度目の対面をした瞬間の私の動揺ときたらなかった。校長室に呼ばれるなんて、グットニュースかバットニュースかっていわれたら後者であることの方が多いわけだし、中にいた人物は今一番会いたくない人物なわけで。

 ああ終わったな、とドアを開けてコンマ数秒でこれから起こることが想像できてしまった。いっそのこと意識を手放したかった。そしてそのまま病院に運ばれたかった。

 事態はなんら変わらないけど、現実に目を背きたくなるときだってあるものだ。

 長所だと思っている強靭な精神力も、このときばかりは短所にしか思えない。

「高瀬先生、こちらが前に話をしていた地域ボランティアで来てくれる高山さんだ。聞くところによると、弟さんが高瀬先生のクラスにいるそうじゃないか」

「そうなんですよー先週の懇談会のときにいらっしゃって。なんていう偶然!」

 なんて言うわけない。むしろ「ストーカーです」って主張したい。

 ああそうですね、聞きましたね地域ボランティアの話…。ていうか言ったね、私が。「主になるのはいいですけど、テニスの指導は主顧問にお任せしていたので、指導できません。他の部みたいに誰かコーチ入れてください」ってね。

 近年の教育現場ではしきりに「開かれた学校」を謳っている。もちろんこの学校も例に漏れない。

 今年から試験的に地域の人材を学校内に入れていく活動をしていて、吹奏楽部では卒業生で大学でも音楽を専攻している子が土日指導にくるとか、サッカー部では地域のサッカー団の指導者が暇を見つけて指導にくるとか、そういうことをしている。

 連絡管理等は顧問に委ねられるので事務的なことは増えるが、きちんとした指導ができない私としては、誰かテニスをできる人がきてもらえた方がいいと思っていたのだ。

「高山くんは全国大会で優勝したこともあるそうだ。では、あとの詳細は高瀬先生に聞いてください」

「は、はぁ…」

「よろしくお願いします」

 校長に背を向けてにっこり笑う彼。口に出さなくても目が「何か不都合でも?」って語っているよ…。

 ええわかってますよ。私に拒否権なんかあるわけないってことを…。

「しっかり療養してください」と思っていた病欠で休まれているテニス部主顧問を、このとき初めて本気で呪ってやろうかと思ったりした。



 しかしながら恐ろしくプレッシャーのかけてきた携帯番号事件とは一転し、こっちがびっくりするほど彼の言動は普通だ。普通のコーチだ。どんな無理難題をふっかけてくるかと正直びびっていたんだけど。

 とりあえず今のところ毎日2回の電話以外には特別変わったことは無い。

 …いやいやいや。毎日2回の時点で特別変わっている。人間とは順応するものである。もうすでに慣れてしまって感覚が麻痺しているのかもしれない。よく考えろ、私。当初の驚きはどこいった。

 彼と私の関係が、ただの生徒の家族から担任ならそもそも携帯番号を教えない。納得がいかないが付き合うことになったって、こっちが無視していればいいもんね。個人的なことだからね。

 それにプラスしてコーチと顧問となってからは、個人的着信拒否の手は使えなくなってしまった。部活の連絡があるし。なんなのこの 三重苦。ほんとに弱みのが多すぎる…。

 最初はそれはもう驚いたのだ。毎晩寝る前と、翌朝のモーニングコールに。

 モーニングコールですよ、モーニングコール。正直言って私の「付き合う」の考えにはまったく入っていないことでした。それだけでも「ありえん」っていうレベルなのに、あの人昼夜逆転の生活しているわけですよ。わざわざ仕事の合間と、仕事から帰宅して寝る前にかけているわけですよ。どんだけ暇なの。

 そもそもこの恐ろしいモーニングコールも、私の浅知恵が招いたことなんですけどね…。

 夜の電話を早く切るために「朝苦手なの!早く寝ないと寝坊するから!じゃ!」って通話終了し携帯を放り投げて布団に入った。少しは電話時間も短くなると思っての発言だったのに。

 翌日、いつもセットしている目覚ましのアラームより前に携帯が鳴ったのだ。アラーム音ではない着信をつげる音楽に「ああ電話…」と思いながら手だけで携帯を探す。手のひらに慣れた感触があって無意識の動作で電話に出た。

「…はい高瀬です…」

「…その声じゃ今まで寝とったな。ほら遅刻するから起きんしゃい」

「…え…?」

 回らない頭で返事をする。

「朝起きるの苦手っていうとったやろ。これから毎日電話かけるし、安心してええよ」

「はぁ?」

 マジですか。

 その後高山くんは特に話をせず電話を切った。本当にモーニングコールのつもりらしい。

 そんなめんどくさいことを思いつく彼に、こっちとしては呆れるしかない。ベッドの上で意味もなく携帯を睨んでしまった。

 そのモーニングコールは、半分の確率で無意識のうちに電源ボタンを押して切っている。無意識です。無意識。意図的じゃない。だって意図的に切ったって同じ結果になるのだ。

 電話に出るまで懲りずにかけ続ける彼の根気に負けて、今日もすがすがしくない一日が始まっていく。

 あーあ。どうしたもんだか。


 仕事が始まったらそんなこと思っている暇なんてない。授業に指導にクラス運営に委員会に書類に…終われるように放課後になってしまう。

 ああ今日もあっという間に終わってしまう…。一日30時間あったらいいのに。

「高瀬先生、メニューください」

「はいはい」

 ドアを開け職員室の中に入ってきたテニス部の部長。私なんてたった今、教室から職員室に戻ったばかりだというのに、彼はすでにジャージに着替えている。

 練習メニューは、前日の部活終了後や電話連絡で高山くんが言ったものを私が紙に書いて部長に渡すことになっていた。ほんとこの連絡があるから電話を無視できないんだよね…。

 バインダーに挟んで部長に渡す。

「…コーチ、は?」

「今日はまだ見ていません。先に始めていますね」

「わかった。私もあとでいくね」

「失礼します」

 職員室から出て行く部長の背中を見送って、ひとつため息をつく。

 手元の高山雅貴の生徒調査票に視線を落とす。

 家族関係、父、母、姉、兄。

 兄の名前、雅治。年齢24。

 年齢は近いだろうとは思ったけど、同い年とはね…。

 先日、家庭訪問で伺ったときは、母親が対応してくれた。とても感じのいい母親だった。

 タカのお母さん、と思うと同時に、高山くんの顔も浮かんだ。ああこういう家に住んでいてこういう家族と暮らしているんだね、と。 生徒の情報だけ更新されればいいのに、いらない情報ばかり増えていく。

 約1週間ほどで部員の信頼を勝ち取った高山くんは、まあ私に対する行動はさておき、やっぱりすごい人だと思う。部長なんて部活後真っ先に高山くんのところに行って、練習や試合展開など色々訊いている。

 コーチに就任して2週間。高山くんはだいたい4時半ごろふらりと現れて、部活終了の6時まで指導している。時々自身もコートに入るが、外から指示を出している姿のほうが多い。

 最初の3日は何も言わずに生徒や練習を見学していた。

 4日目、準備運動が終わったところで、それまでコートの端で座っていた高山くんはおもむろに立ち上がり、レギュラーを呼んだ。一人ずつコートに入るよう指示し、自身もコートに入った。

 そして的確にその生徒の弱点を突いていく。

 百の言葉よりひとつの行動。よっぽど私が「ああしろこうしろ」っていうよりストンと生徒の心の中に入っていくのが傍から見ていてもよくわかった。

 最初に自分に何が足りないか理解させる。その後でそれをどう変えていくのか。

 高山くんのやり方は的確で、無駄がなかった。大会まで時間がない中、どうすれば効率よくうまくなるかわかっているのだ。

 ああとても頭の回転が速い人なんだな、と思う。

 そして、まじめだ。

 約束している日は一日も休まないし、指導もきちんとしている。素人の私でもわかるくらいだから、毎日毎日一緒にテニスしている部員たちはもっと感じ取っているだろう。

 てっきり手を抜いて適当なことをするのかと思ったけど、よく考えたら自ら手を挙げたぐらいだもんね。不真面目にやるわけはない。


 第一印象とは少し違うけれど、それでもやっぱり高山くんは不思議な人だった。








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