隊長が恋人に望むのは
「やあ」
どがんっ
声をかけると同時に、真っ直ぐ一突き。
素早く繰り出した攻撃の余韻から、後ろでひとつにまとめた長い黒髪がふわりと舞った。
目標の人物は、すっきり短めの金髪を揺らし、私の突きを難なくかわしていた。そしてゆっくりとこちらに視線をくれる。
少しの驚きが混じった、心底からの嫌そうな顔。いい表情だ。
驚いているのは今の攻撃にではなく、彼の来訪を私が知っていたことに対してだろう。彼は私に見つかりたくなくて、先ほどまで会っていた担当者に厳重に口止めしていた。
しかしそんなものは私には無意味だ。何故なら私は、ここ国境警備隊の隊長だからだ。隊内において私の知らないことはない。
「相変わらず良い反応だね、ロウ」
「…………ガーディニア!なんでそんな細身の剣で壁がえぐれるんだよ!?」
ロウが悲鳴じみた声をあげる。
彼を前にすると、どうにも気持ちの高揚が抑えきれず、手加減ができない。困ったことだ。
「さあ、今日こそ決着をつけようじゃないか」
「知らん!情報屋としての俺の仕事は終わったんだから帰らせろ!」
「そんなに急がずとも、ゆっくりしていけば良いじゃないか」
「いやだ。一刻も早くここから脱出したい」
言葉の応酬を続けながらも、お互いに攻撃の手は休めない。
私が横に一閃すれば、ロウは下に沈んで避け、お返しとばかりに足払いを仕掛けてくる。
私がわずかに後方へバランスを崩したところで、すかさず彼の長剣が追い打ちをかけてくる。
まともに受けると力負けしてしまうのは分かっているので、手を伸ばして襟首を掴み、倒れる勢いそのままに投げ飛ばした。
それくらいでロウをどうにかできるとは、もちろん思っていない。案の定、空中でくるりと体勢を立て直して着地する。日の光を反射する金の髪がきれいだ。
「くそっ、お前、片手で大の男を投げ飛ばすなよ!」
「これでもここの隊長を務めているので、これくらいはね」
お互いに間合いをとり、相手の隙をうかがう。
「…………またやってるんすか?」
そこへ乱入した一声。
おや。我が補佐官、副隊長ではないか。常なら頼りになる存在だが、今は不要だ。
しかし私がどこかへ行けと言う前に、ロウが話しかけてしまった。
「副隊長!おい、お前の上司だろっ。助けろ!」
「あー、わりっ、俺もしがない中間管理職だから上には逆らえねぇや」
「ほざくなっ」
「まあいつものことだろ。頑張れよ」
「あっ、そのまま行くんじゃない!助けろ、まじで!」
さすが我が補佐官。私の邪魔をするべきではないと、彼はよく分かっている。うむ、日々の調教のたまものだな。
「もうやだ、ここに仕事に来るの……」
む。今後ロウが仕事を受けてくれなくなったら、私個人としても隊としても困る。
そう思い口を開こうとしたところ、同じことを思ったのか我が補佐官が先手を打った。
「なあ、ひとつ教えてやるよ」
「ああ?」
「これでうちの隊長、本を読むのが趣味でな」
「?」
「最近はまってるのが、恋愛小説らしいんだ」
「話が見えねぇけど」
ああ、あの話をするのか。
そういえば、ロウには話していなかったかもしれない。
「まあ聞け。それで隊長はふと思った。自分だったら恋人に何を望むか。……その結論が、『自分より強いこと』なんだと」
「は?」
「残念ながら、それまでその条件を満たす奴に会ったことなかったらしいぜ」
まったくどいつもこいつも弱くて参った。
「まあ、魔物が日常的に出没するこの国境で警備隊の隊長なんかやってる人間に勝てるやつなんて、そうそういるわけないんだけどな」
それもそうか。普段相手にするのは人間よりも魔物の方が多いからな。
「そんなとき、ちょうどお前が現れたわけだ。お前、最初に隊長が攻撃仕掛けたときあっさり避けただろ。そんで今も互角にやり合ってるよな」
そうだ。初手ゆえの様子見程度の攻撃だったとはいえ、あれは感動した。後ろで盛大に鐘が鳴った気がする。
「ま、そういうことだ」
「…………じゃあ、会う度に強制戦闘を吹っかけられるのは、」
「隊長なりの求愛行動じゃないか?」
「そのとおりだ」
ただ聞いているのにも飽きてきたので、会話に割って入る。
お前ばかりロウと会話して、ずるいぞ我が補佐官。
ロウの視線がこちらに向き、気分が上向くのを感じる。
「…………あれが?あの、俺を殺さんばかりの破壊活動が?」
「私が全力を出せる稀有な相手なのだ、お前は」
「毎回的確に急所を狙ってくるよな?」
「それでも致命傷を負わせるまではいかないだろう。だからますますヤる気がみなぎる」
「その『ヤる気』って、漢字にしたら絶対『殺る気』だろ、おい」
我が補佐官もいつの間にか居なくなったようだし、さあ、そろそろ続きをしようか。
先日は、珍しくロウとたくさん話せて嬉しかった。
我が補佐官が説明したことで気付いたのだが、何故私がロウに攻撃を仕掛けるのかを、彼本人に教えていなかったのだった。
いや、しまったな。うっかりしていた。
彼を前にするとどうにも正常な思考が妨げられる。これが恋というものなのか。
さて、今日もロウが仕事で来ているはずだ。
中庭辺りで待つとしよう。
やはり彼は良い。
攻撃、防御、速さ、そしてセンス。どれをとっても私に劣っていない。
ああ、思わず顔がにやけてしまう。
「……にやけてんじゃねーよ」
「ああ、すまない。つい嬉しくて」
「はあ?余裕だ……っな!!」
戦闘中にもかかわらず笑みを浮かべる私が気に入らなかったのか、ロウは突然飛び上がると背後に回り込んだ。
「これでどうだ!」
ロウが私の背後から腹部に腕を回し、ぐっと力を込める。
投げ飛ばす気だろう。私の体重では堪えることは困難なので、受け身をとるべく構えようとしたところで。
「っ!!!!?」
突然ロウが固まった。
急にどうしたのかと、後ろを振り返って彼を見上げる。
「?」
すると、何故かロウが顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。
「……お、お前」
「なんだ?」
「俺の腕、」
「この腕が?」
腹部に回っているロウの腕に手を添えてみる。
「っ!!ばか、やめろ!」
乱暴に振り払われた。そして飛び退るロウ。なにやら狼狽している。
なんだ?
「なん、そん、やわらか…………いや、何言ってんだ、俺!!」
「???」
「ちくしょーっ!」
そして脱兎のごとく走り去って行った。
なんだったのだろうか?
ロウの不可解な行動がどうにも理解できなかった私は、その足で我が補佐官のもとを訪ねた。
彼は、対魔物攻略から恋愛小説談義までどんな話題にもついてくる、まことに優秀な補佐官なのだ。
「……というわけなのだが、何か意見はあるか?」
「(俺、実は渡り廊下から見てたんだよな)はあ、まあ私見で良ければ」
「かまわない」
「おそらくロウは、今までは隊長のことを『国境警備隊隊長』としてしか見てなかったんすよ」
「?正しい認識だと思うが?」
私は自他共に認める、国境警備隊隊長である。
「そうなんすけど、つまりその認識には、男とか女とか性別に関しては一切含まれていなかったはずで」
「うむ?」
「だから投げ飛ばそうとしたときに隊長の体に密着して、その柔らかさに愕然としたわけっすよ」
「なぜだ?」
「隊長が女性であることを急激に悟ったからっす」
「…………」
「まあそれで動揺して、思わず逃げ出しちゃったんでしょうね」
なるほど。
さすがは我が補佐官。実に的確な意見を述べてくれる。
つまりロウは、私のことを意識してどうにも恥ずかしくなったわけか。
ふむふむ。なかなか良い兆候じゃないか。これは次の機会が楽しみだな。
ああ、本当に恋とは素晴らしい。
ロウが逃げ出したあの出来事から、2週間ほど経った。
今日は久しぶりに仕事で彼がやって来る。
「やあ」
「!!!…………ガーディニア」
裏口からこそこそ帰ろうとしていたロウに声をかけると、盛大に顔を引きつらせてこちらを見てくる。よっぽど私に会いたくなかったらしい。
しかしそれでこそ。
「ロウ」
名前を呼んで、すいっと彼の方へ顔を近づけてみる。
そのまま静止。
「っっ!!」
ロウはあの日と同じように再び赤面する。
「……やはりな」
「な、なにがだ」
「お前、私のことを意識しているのだろう?」
「!!??」
その反応が私の言葉を肯定している。
我が補佐官には臨時報酬をやってもいいな。
口角が上がるのを抑えられない。
嬉しい嬉しい嬉しい。
恋愛とは、こんなにも気持ちが浮き立つのか。
「お前は私の理想にかなっている。お前さえその気になれば問題ない」
「なん……」
ちゅっ
「……っ!!!」
ばっと口を押えるロウ。その顔は既に茹で蛸状態だ。
私は先ほどそこへ触れた自身の唇をペロリと舌でなぞり、言う。
「これからよろしく?」
我が恋人殿。
副隊長は、隊長のどんな要望にも応えられる優秀な人材です。