牙をむく非日常
「ただいま~…って言っても誰も居ませんよ~っと」
うちは両親共働きで帰ってくるのは遅くても夜の8時を回る。
なので、この言葉も本当は意味が無いのだけれども、習慣となっているので言わないとなんとなく落ち着かないのだ。
「よォ。遅かったな。」
玄関を入ってすぐの所に男が座っていた。
「…ちょっ!? 貴方誰よ!」
「いやァ…怪しいもんじゃないっすよ。ちょっとアンタの世界をいただきに来ました。」
「はあ?世界?意味がわかんないですけど」
「意味がわからなくて結構! 元より説明する気はありませ…ん!」
その時、彼の手から何かが放たれた。次の瞬間私の左肩が熱くなったのを感じた。
彼の手から放たれた物体が私の左肩を貫通したと頭で理解するのに若干の時間を要した。
「…っ!ぁ…ぁぁ……!」
声にならない呻き声が私の口から漏れる。
撃ち抜かれた左肩を抑えつつ玄関を急いで閉める。
――こういう時は…警察に…連、絡
痛みで頭がぼーっとなりながらも何とか連絡を取ろうとする。
「おィ。そんなんで逃げたつもりかよォ…って、アンタ何処に連絡しようとしてんの?警察だったら止めときな。どの道アンタは此処で死ぬんだ。」
ケタケタと笑いながら男は答える
――正気の沙汰じゃ、ない…本当に私はここで死ぬの?嫌だ…嫌だよぉ…
その時、体がふわりと浮く感覚に襲われた。私も驚いたが、それ以上に男が驚いているようだった。
――ああ、私、死ぬのかなぁ。
そんなことを思いながら、私は意識を手放した。
「・・・ぃ・・・・・ヵ・・・てる・・・?」
声が聞こえるけど、聞き取れない・・・此処、何処?
「おー。目が開いた。生きてる? 聞こえてる?」
うっすら目を開けるとそこには女の子の顔があった。
「き、聞こえてますけど…貴女一体…?」
身体を起こそうとするが、左肩が痛むため断念。
「あたし?透香さんもよく知っている人だったと思うんだけど?」
――私のよく知っている人…?そういえば聞き覚えのある声…
そう思い、もう一度よく彼女を見てみる。
「貴女…委員長?」
確かによく知った顔だった。彼女は小鳥遊空。私のクラスのクラス委員だ。
「何故貴女が此処に…っていうか此処は…何処?」
「はいはい。混乱してるだろうから一つずつね。まず、此処は私の家。何故あたしがここにいるかというと、此処があたしの家だから。他に何かある?」
とりあえず質問に答えてくれた。さすが委員長。
「…じゃあ、なんで私はここに?」
「そんなの、あたしが連れてきたからに決まってんじゃん。傷ついたあなたを背負って。大変だったわよ。人間って重いんだもの。」
その答えを聞いて私は色々と考えた。なんで家に知らない男が居たのだろう…とかあの男が言っていた言葉の意味はいったいなんだろうとか…質問しても分かる筈もないだろうからしないけど。
「…あなたは今、『なんで家に男が居て、襲われたんだろう』って思ってる…。違う?」
完全に正解ではないが、それでも考えを当てられたことに私は驚いた。
「本当に何もわかってなかったのね。目覚めたてって所かしら。じゃあ…あたしが一から説明するわね。この、ふざけた世界の説明を。」
そこで私は、どうやら此処は現実世界にそっくりな世界で、私が作り出したものらしい。
そして、ここではその世界を巡り、戦いが行われていること。その戦いの勝者は敗者の世界を吸収し、自分の世界を広げることができるということ。
また、この世界が出来上がると同時に、世界を作った人物はその世界の中でのみ使える能力を手に入れる。
「なに…それ。」
「ふざけた話…よね。」
ふざけた話…だとは思う。でも、なんで小鳥遊さんはこの世界の事をここまで知っているのだろう。
「何で知ってるのか…?って不思議そうな顔ね。まあ、簡単な話あたしも自分の世界っていうものを持ってるのよ。あたし達は便宜上自分の世界の事を模造世界って呼んでるんだけどね。」
その言葉を聞いて、私は身構える。
「あ~…まあ、そうなるわよね。安心して。あたしはあなたを倒そうだなんて思っちゃいないわ。あなたを倒そうと思ったらあなたが意識を失ってる間に『ブスリ』といくわよ。」
「そう、よね。」
それもそうだ。と思い私は警戒を緩める。
「でも…じゃあ、なんで小鳥遊さんは私を助けてくれたの?っていうか、なんで『私の世界』にいるの?」
「『空』でいいわよ。そりゃああなた。クラスメイトがいきなりいなくなったら嫌じゃない。それに、模造世界を持ってる人間は基本的にどの模造世界にもいけるのよ。だから、あの男…『古河駆』も入ってこれたのよ。」
「ええっと…じゃあ、空さん。空さんはさっきの男の事を知ってるんですか?」
私の性格的に呼び捨てとか無理だ。それにしても、空さんがあの男の事まで知っているとは思わなかった
「いや、まあ知ってるというか、何回もあいつに襲われてる人を助けてるからね。ちなみにあいつの能力は『暴走』よ」
そうか。模造世界目当てに襲ってきたということはあの男も模造世界を持っているということで、模造世界を持っているということは能力を持っている…ということなんだ。
「ちなみに、あたしの能力は『対象の空中浮遊ならびに飛行性能付加』って所かしら。そういえば透香の能力は聞いてなかったわね…。どんな能力か自分で把握できてる?」
「把握…してない。」
「あ~…じゃあ、なんか変わったことなかった?普通じゃ絶対にありえないような出来事とか」
そういわれてみると確かにあった。空が緑になったり、突如季節はずれの雪が降ったり。っていうことは…
「うーん…それだけじゃあ断言は出来ないけど…天候とか変えられるのかな?」
「変えられ…るのかな」
「あー…まあ、そうよね。貴女はまだ目覚めたばかりだものね。しかも目覚めてすぐに襲われちゃったし。」
そう、家に帰ってすぐに襲われたんだ。
しかし、そこでふと一つの疑問が湧き上がってくる
「あの…空さん、一つ質問、いいかな?」
「はいはい~答えられる範囲ならなんでも答えるよ~」
身体を左右にふらふら揺らしながらそう答える空さん
「なんで、さっきの人はそこまで『他人の世界』…つまり私の世界に執着したの?」
つまりはこういうことだ。
誰もが自分の世界で、一種類、無作為に与えられるだけとはいえ、好きに能力が使えるのだ。そこで殆どは自己完結してしまうと思ったが故のこの質問である。
この質問に空さんは「あ~」っと唸りながら答える。
「そうだよねぇ…まあ、その疑問に行き着くよね。あー…どうやって説明…いや、説明は簡単か…」
ふむぅと同性の私から見ても可愛らしく考え込む空さん。そんなに難しいことを質問しただろうか…?いや、でも今「簡単」って単語も聞こえた気がしたけど
「願いが……」
「え?」
「なんでも、自分の願いが叶うから…だからみんな戦うの。殺し…あうの」
その言葉を聞いてもさほど驚かない自分がいることに、私は気付いた。
ああ、やっぱりそういうことなのね。そうでもなければ、あんな風に襲われることもないんだろうという妙な納得があった。
「あたしは」
沈黙の後、空さんが口を開いた。すり潰すような、悲痛な声だった。
「あたしは、こんなシステムを絶対に許さない。だから、…は、…ない。」
最後の方は聞き取ることすらも難しいほどのか細い、しかし寒々とした、冷え切った声音だった。
「あ、あの…空さん…?だ、大丈夫…?」
身体を揺すってみると、彼女はハッとしたように顔をあげた。
「あ…ああ、大丈夫。だいじょぶ。」
そして、短く息を吐くと、最後に畳みかけるように「そんなわけで!みんな血眼になって相手の世界を奪い取ろうとするの!」と締めくくった。
もう彼女は、この手の話をするつもりはないのか「じゃあ、もう質問は無い?無いね!」とこちらの返答を待たずにこの時間を終わらせてしまった。
そうして、状況を説明してもらい、何とか理解したところで、今まで緊張で感じなかった疲労が一気に押し寄せてきた。
その様子に気付いたのか空さんは
「今日はいろんなことがあって疲れたでしょ。今日は泊まっていくと良いよ。」と勧めてくれた。確かに、一人になるよりも二人の方が安心できるという理由で、私はその言葉に甘えさせてもらうのだった。