01 猫と異世界
「ミーちゃん。今日学校でさ…」
僕は自分の部屋で、黒猫のミーちゃんの頭を撫でていた。
猫って癒されるな。
家のミーちゃんは可愛いから別格だけど。
猫に話しかけていると、部屋に入ってきた妹に呆れられる。
「友兄、人間の友達作りなよ。ほら服」
妹の沙也加は、洗濯して乾いた服を僕に手渡す。
沙也加は友達も多くて、中学のクラスでは人気者らしい。
対照的に僕はクラスで目立たない存在だ。
一年と三年で学年が違うから、会うこともないけど。
「友達は、別にいいんだ。僕はミーちゃんがいるから」
「はぁー?ミーだって、いつまでも一緒じゃいられないでしょうに」
言いたいことは分かる。
猫は人間よりはるかに寿命が短い。
僕は今、十五歳だ。
ミーちゃんは、あと十年くらいは生きてくれるだろうか?
「何で友兄はそんな風になっちゃったのよ。同じクラスだったら、何とかしてやれるのにな」
沙也加は腕を組んだ。
「ニャー」
「ミーが離してだってさ」
「ミーちゃんは、そんな事言ってない」
「迷惑がってるだろうに。ミーも友達作りなよって言ってるよ」
それは分かってるよ。
だけど、友達ってどうやって作るんだっけ?
三年前から、僕は学校で虐められていた。
理由はよく分からない。
多分嫌われることをしてしまったのだろう。
その頃から、数少ない友達は僕から離れていった。
僕と一緒に居ると、目を付けられて虐められるだろうから。
「日下部え!」
当時、同じクラスの伊藤に僕は殴られた。
座っていた椅子ごと吹き飛ぶ。
先生の前では優等生で、陰で虐める知能犯だ。
仕返しが怖くて、誰も助けてくれる人は居ない。
「痛っ」
僕は顔をさすっていた。
「明日、一万持ってこい」
伊藤は冷たい眼差しを僕に向ける。
「な、何で…」
「迷惑料だ」
理不尽な理由だが、逆らえない。
次の日、僕は貯めていたお金を貯金箱から出して持っていった。
それからは地獄のような日々が続く。
食欲も落ちて、急激に体重が減り。
伊藤とはクラスが離れても、呼び出され虐められて。
僕は精神的にも追い込まれていた。
「友兄、何か悩んでいることがあるの?」
沙也加が訊くが、迷惑をかけたくなくて口をつぐむ。
あの時、ひとことでも言えば良かったのかもしれない。
両親も忙しくて、僕の事を気にかける余裕がなかったのだろう。
朝になったが、布団から出たくない。
「お腹痛い…もういっそ死にたい…学校に行きたくない」
部屋のベッドで丸くなり、体を縮こませていた。
「ニャー」
ミーちゃんがすり寄ってくる。
暖かくて柔らかい。
僕はいつもの様に、ミーちゃんを抱き寄せた。
僕は真っ白な空間に居た。
いつの間にか眠ってしまったのだろうか。
『友樹』
話しかけられ、高い声の主を探すとミーちゃんだった。
金色の瞳が僕を見ている。
「ミーちゃん?」
『今の世界が嫌いか?』
「え?」
『毎日、泣いておるじゃろう。辛い所から逃げ出したくはないか?』
ミーちゃんが優しく問いかける。
「どうせ、逃げられないよ」
『神に、異世界へ行ったらどうかと言われておってな。どうじゃ?悪くは無かろう?』
「異世界?」
出来るなら逃げ出したいけど…。
『では、決まりだな』
ミーちゃんが右腕をあげると、体が宙に浮いた。
え?これ夢じゃないの?
飛んでいる浮遊感がリアルすぎる。
「わあああああ……」
そこから意識がぷっつりと途絶えていた。