表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/15

船上/戦場 波風と波乱


 クスミが朝目覚めると、気持ちのいい朝日の差し込む7時10分だった。

 縫い直しの多い敷き布団から身を起こし、横を見ると美少女が布団からジッとこちらを見ていた。


「……じぃ~」


「……お、おはようございます?」


「君って眠るときも御守りの鈴をつけてるんだ」


「は、はい。別に音は鳴らないので」


「でもあんまり役立ってないね。先に顔洗ってきな」


「わかりました…?」


 横の布団で寝ておきながら距離感がわからず、少女が指さした扉へ向かう。

 ここは畳の敷かれた10畳ほどの和室。

 隣には先日あった老人が同じく布団で寝ているので、ゆっくりと立ち上がる。


(……あれ、ここはどこだ?)


 寝ぼけながらも扉を開け、洗面台の鏡を見た。

 そして朝一番に悲鳴を上げた。


「きゃあああああ!?」


 なんじゃ?と目を覚ます老人。

 ありきたりな反応だと、ちょっとつまらなそうにする少女。


 クスミの顔は、マジックの落書きで埋め尽くされていた。



 □□□


 徹底的に洗顔し、全員が着替え終った後。

 ちゃぶ台でトーストを食べながらクスミが尋ねる。


「3つ聞きたいことがあります。本当はいっぱいあるのですが、これでも3つに絞りました。言ってもいいでしょうか」


「どうぞ。あ、苺ジャムが切れてる……最悪」


「なんでも聞いてくれ。……ううむ、やっぱり物足りんのう……ダイエット中じゃし……いやでも、やっぱり朝はカップ麺を食わんとやる気が……」


 食事中なせいか、クスミの話よりそれぞれの食への拘りが優先されている。

 それでも牛乳を飲み干して、クスミは聞いた。


「1つ目、ここはどこですか。2つ目、貴方たちは何ですか。3つ目、顔の落書きは何ですか」


「顔の落書きなら、私がやったわ。御守りがすごいって言うなら、寝ているときに何かしても反応するのかなって」


 悪びれもせず、レルナはあっさりと答えた。

 ジャムの代わりに小倉あんで代用したところ、結構いけると頷きながら味わっている。

 昨晩レルナは、「睡眠中という最も精神が緩んだときは催眠にかかりやすい。だからもしクスミが催眠術士であるならば、寝込みを襲われないよう何かしらの対応を取っているはず」と深読みしていた。

 だからあえて布団も横に敷き、顔にナスカの地上絵を次々と書いてみたのだが、特になにも起こらず、頬にハチドリの絵を描き終えてからは興味を失っていた。


「このレルナは今年から高校に通う学生。儂は、この子の保護者じゃ。中々会えない両親に代わって儂が面倒をみちょる。普段の仕事は、発明や研究者みたいなものじゃよ」


 樽井久穏は、いつもの嘘はついてないが誤魔化した解答をする。

 白髪の生やし方から老人口調、胸元の老眼鏡まで、分かりやすく老人博士のトレンドマークを散りばめたこの姿は借り物で、実年齢は42歳とまだ若かったりする。

 クスミが寝ている間に首元の鈴をこっそり借りて検査したが、銅鐸と似ている以外の発見はなく、朝まで調査した後は関心を失っていた。


「……あ、じゃあこの部屋ってもしかして、アノマリーの地下ですか? 前にお邪魔した部屋以外にも、寝泊まりできる場所があったとか」


 朝のカロリーを摂取し、頭の冴えたクスミは推理する。

 畳やちゃぶ台の感じに見覚えがあったことを思い出したところから想像を膨らませた。

 これで「はい」と答えられれば、納得はできないけれど、ある程度の謎が解決するはずだった。


「違うわよ。ここは東京」


「とう……きょう?」


「さらに言えば、都心じゃなくて、離島」


「り……とう?」


 クスミはふらふらと立ち上がり、玄関の扉を開けてみる。

 彼女は何を言っているのだろう。

 だって昨晩まで北九州にいたのに、目を覚ましたら遠くの地にいるなんて、そんなことあるわけがないと、ノブを回したとき。




 ざあ……ざあ……




「……青い海」


 そこは少なくとも工場や船で溢れる湾岸地帯ではなく。

 岩礁剥き出しで、水平線まで見える海が広がっていた。




 □□□



 深夜0時。

 居酒屋の奥の席。

 橙色のライトと木目が剥き出しの、昔ながらの店内で、夜だというのにサングラスをつけたままの男は、魚のぬかみそ炊きを頬張っている。


「北九州市の詐欺事件で逮捕された容疑者、無職 武川賢伍郎(34)は取調べに対し、全面的に罪を認めており〜」


 隅に置かれたテレビの音に、向かいの席に座る女は反応する。

 片目を髪で隠した、歩けば誰もが振り返るだろう美貌と肢体を、身体にフィットしたスーツで引き立てている。


「やはり馬鹿にアプリを使わせれば、派手に動いて囮となり自滅してくれる。更にエイブンくん、君も暴れてくれたお陰で、目標の場所は随分と警備が手薄だったよ。こちらの目標も達成した」


「……」


 女が話す間も、エイブンはガツガツと豪快な音を立てて食べ続ける。

 服の下には包帯で覆われた新しい傷跡があるものの、痛みを気にする様子もない。

 精々、この耐催眠装備のサングラスが邪魔だとは思うものの、今目の前で話す女もまた催眠術士なのだから、仲間であっても易々と外すわけにはいかなかった。


「捕らえた兵士は暗示を刷り込んで送り返した。相手もそれを承知だろうから、暫くは極秘情報を動かすような大規模作戦が自制されるだろう。少なくとも、君の傷が完治するまではな」


「……俺は暫く待機か」


「しっかり療養してくれたまえ。君の任務は彼が代わりに受け持つ。ほら」


 そういって女が視線をずらしたとき、男は初めて横に長身で赤いジャケットを羽織った長髪の男がいるのに気付いた。

 今の今まで空席だったはずのその場所にいるということは、つまり彼もまた催眠術士であるということになる。


「初めまして……催眠術士のヒッピアです……俺が先輩の捕まえられなかった奴らを捕まえてきますよ」


 へらへらと挑発するヒッピアに、男は返答もせず飯を食らう。

 女は二人の緊張感に笑みを浮かべた。


「ヒッピアくんには、アプリも渡しておいた。催眠術士が催眠アプリを使えば、鬼に金棒になるという実験も兼ねてね」


「目標の目星は」


「ああ、一人が漏らしたよ。襲撃の後、いくつもの船が博多湾より出航した。当然連中に違いないけど、その中に1隻だけ、見知らぬ若者を載せた船があったらしい。もしかするとそれが」


「先輩、そんなこと気にしなくてもいいですよ」


 ヒッピアが話を遮った。

 そしてエイブンの魚を一つ手づかみすると丸呑みし、ぺろりとわざとらしく指を舐めてみせる。



「……俺がしっかりと、そいつら全員捕まえて吐かせるだけですから」



 □□□



 クスミは船の縁に寄りかかっては鳥や揺らめく海を眺めていた。

 携帯は圏外、場所を推測しようにも水平線しか見えないのならわからない。

 甲板にはどう見ても本物の銃を持った兵士がうろついていて、話しかけても睨まれるばかり。


「大海に、島もあらなくに、海原の……ってやつだ」


 浮かぶ白雲と揺蕩う波を眺めつつ、気持ちが落ち着いてきたクスミは、もう一度レルナたちに話を聞くことにした。

 全てを教えてはくれずとも、事態を把握する糸口になるはずだと。


「あと、せめて陸まで何時間か教えてくれないと……船酔いしそう……」


 クスミは部屋に戻ろうとして、兵士の1人とすれ違い、お辞儀をして通り過ぎる。



 りぃん



(……?)



 鈴の音が聞こえ、クスミは立ち止まる。

 その後ろでは、振り返った兵士の銃口がクスミの背中に向けられていた。




 ◻︎◻︎◻︎


「あの鈴っぺ……本当に何者なの?」


 シャワーを浴び、白い下着姿で髪を乾かすレルナは、あの青年を理解しようとする。

 拘りの長い赤紫の髪は腰のくびれまで伸び、時間をかけた丁寧なケアが欠かせない。


 吉野クスミは、いくつか試した結果、催眠術士らしい特徴はなかった。

 彼の持つ鈴、6色の種類がある音の鳴らない御守りは、鞄には商売でもするのかというくらい御守りの予備が大量に入っていたのは不気味だが。


 それより不気味なのは、彼の経歴だ。

 持っていた賃貸アパートの書類にある住所は、ありふれた名前でありながら検索をかけてもヒットしない。

 偽の住所を書いていたとなれば、彼の語る名前すら偽名ではないかと疑わしくなる。

 しかし馬鹿正直で、考えたことがそのまま口に出るような少年が、一体なぜそんなことをするのだろう。

 それに同級生から教えてもらった「ラーメンあのまり」が、もし言い間違えでなく執行機関のことを指していたとしたら……


(関係有りと判断するには情報が少なく、無関係とするには疑わしい点が多い……)


 やはりもう一度、鈴の少年から話を聞かねば。

 髪が乾き、ロッカーから残りの服を取り出そうとしたとき。



 ガチャリ



 部屋に飛び込んできたクスミと目が合った。

 椅子に左足をかけ、靴下を履きかけた姿勢なので、クスミにはレースの刺繍が入った下着から内腿の下にある2つのホクロまで見られたことになる。



「……」


「あ、あの」


「黙って」


 言い訳をするより早く、レルナはクスミを抱き寄せ、そのまま壁際に連れ込む。

 と、その直後に扉が開いたかと思うと、アサルトライフルを構えた兵士が一人部屋へ入ってきた。


「……ッ」


 レルナは物陰から兵士の顔を覗き込み、虚ろな表情であることを確認する。

 どうみても催眠で操られて、艦内を捜索しているといった感じだ。


(でも銃の音は聞こえてないし、船はいたって静か……乗組員たちの殆どは既に催眠で掌握されている?)


 しかし彼らもまた対催眠術用の防護をしていたはず。

 それを破れるとなると、相当な手練れの催眠術士。


「はぁ……折角九州から逃げてきたのにね」


「レルナさん……?」


「服貸して。今は着る余裕がないから」


 事態を飲み込めてないクスミから一回り大きいパーカーを脱がし、レルナは袖を通してジッパーを鎖骨の胸元まであげる。

 そして取り出したのは、五円玉のように小さく平らな円型と、そこに括りつけられた赤い紐で構成される振り子だった。


「はぁぁ……」


 レルナは自分の眼の高さで振り子を揺らす。

 指を精微に操作し、最初はゆったりと、そして徐々に加速していく。

 やがて円が3つにも4つにも見えるほど激しく揺れたとき、ぽつりと呟いた。



『私は、チョウの舞い、ハチのように兵士を倒す』



 自己暗示。

 レルナの眼の色がクスミには変わってみえたとき、一抹の風を残してレルナの姿が視界から消えた。

 残像を追って兵士のほうを向くと、低く身を屈めたレルナが恐るべきスピードで銃を構えた兵士の前を横切り、すぐさま背後を取った。

 兵士の反応速度より早くその首元に腕を回すと、瞬間的にぎゅっと力を入れ、気絶させた。その間、5秒もない。


「……はぁ……疲れる」


 レルナは、ぶかぶかのパーカーから伸びた生足や首元は水を浴びたのかというほど汗で濡れていた。

 シャワーの前に置いていたタオルで身体を拭い、呆然とするクスミを睨む。


「鈴っぺ、さっさと移動の準備。もうこの船は安全じゃない」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ