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アイギスの鏡: 石像の瞳、虚像の鏡

遅くなりましたが、投稿します。

投稿を優先としたため、多少読みづらい部分もあるかと思いますがご容赦ください。

 


「本当は……少しは期待したんですよ。貴方は少なくとも、今までの催眠術士とは違う。だから……」


 クスミは呟き、アイギスは興味津々に聞き返す。


「うんうん、君は私に何を期待していたんだい? 友情、金、それとも和解かい? なら、君が私の手を取りさえしてくれれば、私はいつでも君の味方になるとも」


「分からないですか。分かっていますよね?」


 無感情を見せながらクスミは指を揺らす。


「俺が臓腑煮えくり返ってるの、分かんない催眠術士じゃないだろうが、アンタは!」


 りぃぃいぃぃぃいぃぃん!!!


「面白い、私に催眠術を挑むか!」


 二つの月が輝いたと錯覚するほど、ギラリと見開かれたアイギスの眼。

 2人は向き合った。


 いや、既に戦いは始まっていた。



 アイギスの立つ床がグラグラと揺れ、ピシリッと亀裂が入る。


 ギィィィィィ!!!


 ビルは屋上ごと傾き、2人は夜の闇へ滑り落ちていく。

 飾りの木は落下し、倒れた兵士たちも落下していく。

 床は抜け、アイギスは瓦礫と化すビルから放り出され、暗き空の中へと消えかけ---


『止まれ』


 世界が制止した。

 落ちゆく瓦礫はピタリと空中に破片一つ残らず固定された。

 アイギスはなんのことなく空中で姿勢を整えると、近くの瓦礫に足を乗せ、そのまま一蹴りで屋上にいるクスミの頭上に舞い上がる。


『お前も止まれ、鈴の催眠術士』


「……ッ!」


 クスミの肉体は重くなり、そして膝をついた姿勢のまま銅像のようにピクリとも動けなくなる。

 瞬きすらできないクスミの前に降り立ったアイギスは、その目を覗き込んでフッ……と笑った。


「全く……こんな安い催眠で、私を騙せると思ったか?」


 石となったクスミは黙ったままだ。


「君がこんな簡単に呆気なく負けるほど、ボンクラな催眠術士じゃないことは承知してるんだよ……!」


 アイギスは大きく右脚を上げると、クスミを蹴り飛ばした。




 パリンッ!!




 ガラスの割れるような音と共に、アイギスの前には崩壊のない屋上---現実の世界が目に映る。

 鋭き眼を持つの前には、間一髪足技を避けて後ずさるクスミがいた。


『止まれ』


『動け!』


 ギロリ


 リィィン


 クスミの体は数秒硬直し、心臓まで停止する。

 だが鈴の音と共に、その指先は動き始める。


(タイミングをずらした二重催眠! 一瞬でそこまでできるか!)


 アイギスは背筋のゾクゾクとした悪寒に歓喜する。

 クスミは左手で五つの鈴を握りしめ、鈴を地面に叩きつける勢いで振り下ろす。

 また鈴の音のりぃんという音か、アイギスは身構えたとき


 ドンッ!!!


「……!?」


 小さな鈴から鳴ったのは、雷鳴と錯覚するほど轟く重低音。

 そして体は反射的に「雷がすぐ側で落ちた」と錯覚し、光すら幻視しながら、否が応でも竦み上がる。


「もらった……!」


「まだだよ」


 アイギスは縮み上がった体の中、自由の効く腕の動き、即ち掌をくるりと返してクスミに見せつける。

 手の中に描かれていたのは、幾何学的な模様。

 その中央に蛇の瞳を模したマークがある。


『止まれ』


「……!」


『鈴を鳴らすな』


 アイギスは間髪入れずに2つの催眠をかける。

 催眠アプリの画面と似た模様を描かれたその手は、魔眼には劣るものの強力な催眠作用がある。

 さらに顔についた魔眼と違い、例えクスミが目を合わせないようにしたとしても、腕を動かすことで視界に割り込むことが可能だ。


『眠れ』

『止まれ』

『途切れ』

『痺れ』

『縛られ』

『遅れ』

『恐れ』

『惑わされ』

『迷わされ』

『終われ』

『そして止まれ』



 ダメ押しとばかりにアイギスは催眠をかけ、そしてクスミを見る。

 目を見開き、歯を食いしばったまま、石となった彼の姿にアイギスはため息をついた。


「……またか」


 アイギスは手を返すと、今度は自分に向けて催眠をかける。



『催眠から目覚めろ』



 パリンッ!!


 再びガラスの剥がれる音と共に、アイギスはクスミの見せた幻覚から抜け出した。



「なるほど、君の音を使った催眠は便利だな。視覚を用いた催眠は、相手の視界の中にいなければ催眠をかけられない。しかし音は、相手の背後にいようとも、音が届きさえすればどこからでも催眠をかけられるわけだ」



「……こんなに早く抜け出せるなんて、流石は幹部を名乗るだけはある」


 クスミの声は、アイギスの背後から聞こえていた。

 アイギスの目を見れば石化の催眠にかかるというのなら、催眠をかけてその隙に死角へと回り込めばいい……そう考えていたクスミだが、敵はそう甘くはない。

 右手と左手で、音をズラして鳴らすことによる、二重催眠も、既に剥がされてしまった。


(それにあの手の催眠術式……あれはきっと、死角に敵が回ることも考慮しての対策なんだ)


「しかし……私に催眠をかけられた、それは素晴らしいことだ、鈴の少年君! 二流三流の催眠術士では私の瞬き1つとて操ることはできないからね。だから私も……君に敬意を評して、1つ道具を使うことにしよう」


 アイギスは膨らんだ胸元に手を入れると、ゆっくりとそれを抜き出す。


「私はアイギス。魔眼で石化をかける蛇女ゴルゴーンではなく、彼女を倒した英雄ペルセウスの持つ、聖なる盾こそがアイギス。その名前を冠する意味を教えてあげよう」


 彼女が取り出したのは、銀の柄がついた手鏡だった。

 丁度顔がすっぽり収まるサイズの円形で、彼女は鏡越しに背後のクスミを見た。


 それは当然、クスミの眼に、アイギスの瞳が映り込むという事を意味する。


(まずい……!)


『止まれ』


『動け……!』


 りぃ……



 鈴を鳴らしたはずが音は小さく、石化の催眠を完全には解除しきれない。

 鈍った足では体勢を整えきれず、クスミはなんとかアイギスの瞳から視線を外そうと横を向いた……が。


「……鏡!?」


 視線の先にはアイギスの持っていたものと似た手鏡が置かれていた。

 一枚だけではない。屋上庭園の光の強さが増すと、夜の闇に溶け込んで見えていなかった鏡板が四方八方に出現する。

 夜闇の中でくっきりと虚像を映すその鏡面の中心はどれも、反射した鏡に映るアイギスの瞳があった。


(……! 誘い込まれた!)


 視線を外そうとした先、鏡を通じて視線が合う。

 一際冷たい風が吹く。落下の恐怖を呼び起こすのは、手すりの先に広がる東京の夜景。

 クスミの指は鈴を鳴らすほど動かせなかった。


『止まれ』


「ッ……!!」



 アイギスは手を叩く。


「すごいなぁ……やはり君の力は素晴らしい! 催眠術の基本も知らないのに、この技術と才能……! あぁ、もっと磨ければ、泉間一族の者にすら対抗できるはずだよ! どうだ、やはり私たちと一緒に来ないか!? 君ならこの世界で最強の催眠術士になれるかもしれないぞ!」


 さあ、とアイギスは瞳を近づけ催眠を強化する。

 うんうん、とクスミは、無理やり頷かされる。

 とんだ茶番だが、アイギスはそれに満足したらしい。

 そしてクスミは何か言おうとしてるのを察して、彼の口を解放した。


「どうしたクスミくん……? 雇用条件に付け加えて欲しいことでもあるのかい?」


「違いますよ……俺がなんでわざわざ、この人たちを殴ったんだと思いますか? 人を倒すだけなら、こんなに特殊な方法でなくとも、もっと簡単に毒でも電気でもいいはずでしょう」


「……クスミくん、まさか」


 遅延性の催眠、それが発動したのか。

 ズズズ……と、倒れていた兵士たちが立ち上がる。


『残唱』


 兵士たちはゴーグル越しに虚ろな目をしたまま立ち上がる。


「……すごいな、気絶の前に遅延性の洗脳を仕込んでいたのか……?」


「そんなの無理ですよ。僕はただ、目覚まし時計のように、彼らの頭で音を鳴らし続けただけだ」


 代わりに彼らの頭の中で、音を反響させ続けた。

 早朝のうるさいアラームに、人間は無意識に手が伸びる。

 彼らもまたうるさく鳴り響く音によって、無意識のまま立ち上がり、その騒音を止めようと、銃を構える。

 兵士たちは、なんだかわからないが、あの女を倒せば音は止まると、そんな気がして引き金を引いた。


「……はっ、ハハハハッ!!! やはり君は素晴らしいね、クスミくんっ!!」


 ダダダダダッッ!!!


 射撃によって狙われたのはアイギスではない。

 彼女ほどの催眠術士は、例え目隠しして銃を打たれようと、絶対に自分を認識からズラして当たらないようにする。

 だからクスミの狙いは、アイギスを狙って打てば当たる、鏡の方だ。                                                                      

 パリィィンッ!! パリィィンッ!!


「……っはぁ、はぁっ、はぁっ!」


 瞳の視線が外れて拘束の催眠が緩み、呼吸が楽になったクスミ。

 だがその間に、兵士たちはアイギスによって硬化させられ、戦いはまた振り出しに戻ってしまう。


(……一か八か。奥の手を使うか)


「ところで……君が説得に応じてくれないようなので、私も奥の手を使おうと思うんだ」


 アイギスはそういうと、近くにあった鏡板を1つ取り除く。

 そこには


「……レルナ!? そんなバカな!」


 だって彼女は先ほど下で救急隊に運ばれたはずだ。

 しかし偽物にしては顔は瓜二つで、ついた傷の位置すら記憶と一致する。

 レルナは虚な表情で、どこか遠くを見つめている。


「鏡はね、時間と場所すら飛び越えて虚像を実像に変える。混乱の時こそ、安全と思った場所を疑うべきだったんだよ……さあ、クスミくん。囚われの姫を助け出すにはどうしたらいいか、わかるだろう。まずは鈴を手放したまえ。ほら、3、2、1」


 ガシャンッ


 躊躇なく、クスミは両手から鈴を外して地面に置いた。

 しかし命令通りに動いたことに対して、アイギスは眉を顰めた。


「……やはり、君は催眠術士としてはまだまだ甘いな。騙し合いが日常の催眠術士は、まず明日には敵になるかもしれない他人より、自分を大事にするべきだよ」


「そうですか。なら、俺は催眠術士なんかじゃない。貴方のお望みには応えられないわけだ」


「そうか、では今すぐ催眠術士に成長させてあげるよ」



 アイギスが手鏡をかざすと、レルナはゆっくりと動き出し、そしてクスミの首に掴み掛かった。

 クスミは払い除けようとするも、そのまま地面に組み伏せられ、虚ろな目をしたレルナに見つめられながら顔を青くする。


「グッ……カッ、ハァ…………!」


「さあ、クスミくん。君が助かるには彼女に催眠をかけるしかない。でもね、私は既に、『別の催眠がかかったら屋上から飛び降りろ』と暗示を刷り込んである。わかりやすくいうと、助かるのは君か彼女のどちらかというわけだ」


 クスミはレルナの手を抑えるのに必死で、予備の鈴を取り出す余裕がない。

 アイギスは地面に寝転がった兵士に腰掛けると、楽しそうに手を叩いた。



「さあ、君は催眠術士の戦争を知るときだ。敵と味方が入り乱れる混沌を、乗り越えて見せろ、吉野のクスミくん‥…!」


残りの話も大枠は出来上がっているので、校正が終わり次第投稿していきたいと思います。

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