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聖盾の怪物: 夜間飛行の灯


「こちら、泉間レルナ。ただいまより我々は、管理室へ向かいます」


 無線の先から、ノイズ音と共に見知った声が返ってきた。


「レルナ!? お前無事なのか。あぁ、こちらは久穏老人と共に、1階へ逃げ延びた。今どこにいる」


 隊長と通信が繋がり、レルナは指示を頼みこむ。

 その後ろではクスミが家具を引きずりながら準備をしていた。

 家具を玄関の扉の前に置きバリケードとした後、2人分のベッドからマットレスを動かす。


「私たちは5階にいます。ですが、今から1階に向かいます。それよりも、マンションの主電源の精確な位置はどこか教えてください」


「主電源? 電気管理を行う管理室は一階受付の裏だが……部屋は何号室だ。今からそこにいく、安全確保の上場所を動くなよ!」


「いいえ隊長。もう大丈夫」


 クスミは最後のマットレスの一つを、ベランダから落とした。

 下の広場には味方の兵士が、驚いて上を見上げている。


「私たちは、もう1階に付きますので……クスミしっかり捕まって!」


 正面からクスミを抱き着かせると、レルナは赤紐に釣り下がった円を揺らす。





『私は蝶のように舞い、ネコのように軽やかに落下する!!』





 クスミは目を瞑り、その体が空中に放り出されている感覚に身を委ねる。

 地面と空が反転し、つい薄目を開いてしまうと、自分に向かって下から上へ街明かりが逆行し、暗き空へ消えていく光景が広がる。


(夜空を飛ぶって、こういう気分なんだな……)


 夜の東京、高層マンションより地上20メートルの高さを、レルナは飛び降りていく。

 4階のベランダに身を返して着地し、左右に敵がいるのを見つけると、催眠通り猫のような軽技で、その場でクルリと宙返りをする。

 

「撃ち落とせ!!」


 気づいた敵兵たちが銃を構え、銃弾がレルナとクスミの脇を左右から通り過ぎ、遠くから放たれたライフルが服を掠める。

 手すりへの着地と同時に衝撃を吸収し膝を曲げ、大きくしゃがみ込んだレルナは、3階から地上に向かって飛び降りた。


 ひゅぅうと風切る音と共に、クスミの視界で街の光が再び空へ上る。

 バチバチと火薬の爆ぜる銃の音と相まって、花火か何かを見ているようだと、苦笑した。


 (ならレルナは……猫なんてものじゃない。この夜空を自由に舞う鳥みたいだ)


 パーカーが羽のように広がり、髪がはためき、そして急降下する。

 重力による加速の中で、クスミは息を止める中、レルナは瞬き一つせずに地面を見つめていた。


 ドンッ


 マットレス越しに地面へ落下した瞬間、レルナは受け身を取る。

 くるくると身体を回し、凹んだベッドから横のベッドへ、そして最後にベッドから転がり落ちて芝生に落ちながらも、勢いを吸収する。


「うぁぁぁぁ!? ……はぁ、はぁ?」


 クスミは上下左右が分からなくなり、停止と共に思わず目を開ける。

 バクバクと高鳴る心臓に胸を抑えると、横で笑い声がした。


「フフ、うまくいった……ほらね? 今度は、貴方を下敷きにしないで着地できたんだから!」


「レルナ、流石だよ!俺なんて落ちてる最中、ずっとヒヤヒヤしてて……」


「ふふ……あ、でもちょっとヤバいかも。目眩が………」


 ドサリとレルナはその場に倒れ込む。

 今晩2度目の自己暗示による身体強化のツケで、レルナは疲労で起き上がれなくなったのだ。


「見つけたぞ! 狙え!」


 そこを4階から身を乗り出した敵兵の銃が、こちらに向いているのにクスミは気づき、慌てて彼女の脇を抱えると、建物の影へと逃げ込む。

 暗く射程も合わないお陰で、銃の音はすれども当たることなく隠れられたクスミは、レルナを休ませながら、駆け寄ってきた味方に後を頼む。


「クスミ……後は頼んだから」



「分かってる」



 そういうとクスミは、鈴の首飾りをレルナにかけた。

 かつてダサいと言われたそれを、今の彼女は抵抗することなく受け入れる。


「大丈夫なの?」


「うん、今回は戦いに備えて鈴もいくつか用意してあるし、奥の手だって……それに、これがないとレルナもちょっと大変なことが起きるかも。なるべくマンションから離れた場所にいて」


「わかったから、私に構わず早く行って。それより……私たちのマンションを荒らした奴、しっかり懲らしめてよ?」


「勿論」


「……はぁ、心配」


 レルナはクスミのほうに手を伸ばして、何かを呟く。

 聞こえないので顔を近づけたとき、少女の両手が頬に触れた。




 ちゅっ



 それは闇夜の中、二人だけに聞こえた音と小さな感触だった。

 走り回り、互いに汗ばんだ匂いの中でも、湿った柔らかな唇のハッキリと感じ取れた。

 口元を抑えるクスミに、レルナは目を細めて笑う。


「ちゃんと帰ってきて。貴方は私の、恋人なんだからさ」


「……う、うん。絶対、絶対帰ってくるから!」


 クスミは、戦場に向かう。


 今からこの場を支配するのは、兵士でも、銃でも、催眠術士でもなく。

 己だと示すために。




 □□□




 ブツンッ



「……なんだ?」


 アイギスは突然暗くなった屋上庭園を見渡す。

 照明が割れた、というわけではなさそうだ。

 空調も止まり、緑色の非常灯だけが部屋で輝く。


(電気が落とされたか。確かに催眠術士は視覚情報がなければ効果が薄まる……)


「アイギス様」


 エイブンが対応を聞く。


「確かにこれなら、私の催眠も効きにくくなるだろう。私の目も、姿も見えにくいわけだからな。だがそれは向こうとて同じ。催眠術を捨て、単純な武力衝突に持ち込もうとしているのか」



 りぃん



「……ん」



 アイギスの耳に、何かが聞こえた。

 近くには何もないし、電源が落ちたことで機械の作動音すらしない屋上に、風以外の音が良く響いてきた。


 りぃん りぃん


 やはり聞こえる。

 軽やかで、涼やかな高音が。


 虫の声にしては、時期がおかしい。

 しかし確実に、何度も輪唱は繰り返され、よりはっきりと耳元に聞こえてくる。

 これは、まさか。


「……なるほど、良く()()()、エイブン君。面白いね」


「アイギス様、音の出所を探りにいきますか」


「いいや、違うぞ。この甲高い音じゃない。耳を傾けるのは、それ以外の音だ」


 言われてからエイブンは、あれほど聞こえていた銃や戦闘の音が全くと言っていいほど聞こえなくなっているのに気付いた。

 突然の暗闇で困惑しているからではない、

 風に音が攫われたのかと錯覚するほど、30階建てマンションの全てから音が消える。

 アイギスは屋上のドアが開くのを見た。



「来たみたいだね」



 クスミの手には、1指につき1個、合計10の鈴が巻かれて握られていた。

 催眠術士の女は不適に笑う。


「なるほど、これが君の戦音だったか」



 暗がりの中、目の前に立つ二人組の催眠術士。

 クスミはそれを見て、怯むことも言葉を交わすこともなく、ただ腕を振り、鈴を鳴らした。



『共鳴開奏』


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