聖盾の怪物:戦場疾走
「我らの体は、ACITHのために!!」
「我らの心は、ACITHのために!!」
「我らの命は、ACITHのために!!」
「我らの全ては」
「「「「ACITHのために!!」」」」
マンションの上層階の大ホール。
作戦司令官であるアイギスを前に、占拠したACITHンの兵士50名は整列し、復唱しながら敬礼した。
完全に洗脳された兵士は自ら思考する能力を失う代わりに、圧倒的な忠誠心と、戦いに置いて邪魔な恐怖心が取り除かれている。
「それじゃ、優秀な君たちの活躍を期待するよ。頑張ってね?」
「「「「うおおおおお!!!」」」
アイギスが手を振ると、素早く、だが規律正しく階段を降りて敵の排除に向かう。
その様子を傍らで見守るのは、サングラスの屈強な男エイブン。
「……しかし、これほどの兵士を送り込めば、目当ての『吉野の里の者』も殺害してしまうのでは」
「それでいいんだよ。敵の手に渡り切る前に、邪魔な存在は消すべきだ。でも、この戦闘を潜り抜けられる能力があるのなら、とっても価値がある存在って証明になる。私が直接手を下す価値がね」
乱暴な方法だが、それが優秀さに拘るアイギスという催眠術士の女だ。
自分が認めた存在は手厚いくらい大事にするし、部下に対してもやりすぎなくらいに褒めたたえる。
価値がないと判断すれば、優秀になれるまでスパルタな課題をさせるか、見切りをつけて二度と自分の前に現れないようにする。
彼女にとって重要なのは。
その人間のステータスと手持ちのスキルのみだ。
両極端なアイギスは、人間を人間として見ていない点では、メメルと似ている。
しかし自分以外の人間全てを道具とするのがメメルであるならば。
育成ゲームのキャラとしてみているのが、アイギスだ。
課題を着々とこなしレベルアップする人間は愛おしい。
それは今その相手が敵でも味方でも関係なかった。
「さあ、この課題をクリアして私の前に現れてくれよ、吉野の里の少年くん!」
□□□
「北階段、3回までクリア。3階のアシストに回る」
「2名負傷、撤退だ。カバーを頼む」
聞こえる無線は、クスミたちを非日常に叩き込んだ。
隊長含め4人の兵士に囲まれながら、クスミたち3人は階段を降りていく。
「……レルナ、あの隊長とは知り合い?」
「ええ、九州での上司だったけど……こんな形で再開するなんて」
隊長は指示を出し、前進しては止まりを繰り返す。
どうやら逃げ道が左右と中央にある3つの階段しかなく、エレベーターは即座に破壊されたせいで、その取り合いになっているらしい。
戦闘の切れ目で、隊長はマスク越しに青年を見る。
覇気はなく、都会慣れのしていない純朴そうな青年という印象だが、しかし最初に会ったとき、訓練された自分でも震えあがるような何かを持っていた。
「……しかし、君も催眠術士なのか? クスミくん」
「ええと、よく分からないです。催眠術士の話を聞く前に、こんな戦いが始まってしまったので」
「隊長さんや、こやつらの狙いが何なのか、見当はついておるのか?」
「いいえ、ですがこのマンションにはプラトー所属の人間が多い。襲撃する理由にはそれだけで十分でしょう。敵は増援が来る前に、状況的に、地上と屋上から攻め入ってマンションを制圧するのが目的と判断されています。我々はその前にこのマンションから抜け出します」
「……後ろだ、レルナ!」
りぃん
鈴の音より早く、クスミは彼女の肩を押して庇い、代わりに自分が前に出る。
そこには、後方を監視していたはずの味方兵士が、掴みかかってきた。
素人のクスミは成すすべなく捕まると、近くの破壊された部屋に引きずりこまれる。
「クスミ!!」
レルナの悲鳴を聞きながら、クスミは奥の部屋まで運ばれる。
わざわざ部屋の電気をつけた兵士は、兵士は懐からスマホを取り出した。
「……まさか!」
暴れながら兵士の顔に手を伸ばして仮面を剥ぐと、明らかに正気を失っている。
クスミは目を閉じて暴れるも、兵士は顔に押し付けるほどスマホの画面をクスミに見せつけようとし、馬乗りになってその目蓋を開かせようとする。
(催眠アプリ……!! 今はマズい!!)
海上の戦いでは事前に仕込んだ催眠アプリ対策が使えたが、今回は準備していない。
使おうにもアプリのアップデートが入っていたために、スマホの所持者本人しか使えないよう設定が変わっていたのだ。
(鈴も、羽交い締めにされたせいで手に取れない……!)
催眠アプリを使っていたのは、今まで2人。
だがまさか3人目にして、「催眠をかけられた人間が催眠アプリを使う」という応用を見せられるとは。
それが可能なら、アプリの配布できる端末がある限り、どこまでも自分の思い通りになる催眠集団が作れてしまうではないか。
視界が無理やり開かれ、半目状態のままクスミはもがき続ける。
「まだ……俺は!」
「『私は蝶のように舞い、蜂のようにコイツを蹴り飛ばす!』
声と共に、クスミを抑えつけていた兵士の身体が横に飛び、壁に衝突した。
目の前には、水色の寝間着にポップなパーカーを羽織ったレルナが空中キックのポーズをとっていた。
そして体勢を戻せず、そのままクスミの上に倒れ込む。
「ぐぅあ!」
「うぅぅ、ごめんなさい……!」
女の子に伸し掛かられると、匂いとか柔らかさで頭が大変なことになることが分かった。
そして顔が近い。緊急時でも、クスミがつい見惚れて感想を溢す。
「美少女って、こんな時でも綺麗なんだ」
「馬鹿」
「あ……助けてくれて、ありがとう。兵士の人は?」
「他にも敵が現れて、混戦状態よ。クスミなら鈴の力で助けられる?」
そのとき、ザザッと無線の音がした。
寝転がっている兵士の小型通信機からだ。
「ガーッ……えるか、聞こえるか! 最上階にて、ACITHの幹部を発見! あの女、アイギスだ! ああぁ、仲間が固まっていく、俺も片足が動かない。いいか、絶対に最上階へ向かうな、これから先の俺の言葉も信じるな! 繰り返す、敵は……あ」
10秒間通話が途切れ、ガサガサと音が入る。
流れてきたのは別の女の声だった。
「そういうことで、ご紹介ありがとうございます。私はACITHにて幹部をやらせて頂いている、催眠術士アイギスと申します……ほら、貴方も」
「……その部下だ」
「フフッ、愛想のない部下でごめんなさい。そんなわけで早速だけど、吉野の里の者がいれば、屋上に来て。君が来るなら私たちは撤退するし、来ないのなら今晩はなるべく大勢を催眠して帰るから。連絡終了、またね」
バキッと無線の壊される音がして、再び静寂。
何のことだか分からないクスミだが、レルナの顔色が相手の名前を聞いたときに代わったのに気付く。
「アイギス……ACITH、つまり敵組織の13幹部の1人よ。彼女は相手を金縛りにかけることに特化した催眠術士で、特に目をみたら一流の催眠術士だってやられるそうよ。名前の通りにね」
「名前?」
「アイギスっていうのは、ギリシャ神話で出てくる神の防具。元々硬いのに加えて、ペルセウスっていう英雄が、姿を見た人を石に変える怪物ゴルゴーンの首をくっつけて、最強の防具になったって話よ」
「催眠術士ってそんな、神話の怪物みたいなこともできるのか!?」
「あんたの鈴だって大概よ。とりあえず、話はここから逃げてから!」
部屋に入る敵兵から隠れるように、クスミたちはベランダに出ると、戦闘の音は一層激しく聞こえた。
両組織の兵士たちは、互いに銃を構え、狭い通路で向かい合い、各階で制圧戦が繰り広げられる。
クスミは赤の鈴を壁越しに鳴らして敵の恐怖を増幅させると、兵士たちの意識は遠のき、あるいは幻覚に囚われて動けなくなる。
「やるじゃん!」
「でも駄目だ、防音装備やヘルメットのせいで、音が届きにくくて効きが悪い! 」
りぃん
「レルナ、こっち!」
兵士が動きを鈍らせながらも銃を構えたのが見えて、レルナの身体を引っ張って、部屋の中へ隠れる。
部屋の扉を開いて障害を作るも、すぐさま穴だらけとなる。
クスミたちはベランダへ飛び出し、隣の部屋へ逃げ込む。
頭上からは窓ガラスの割れる音と共に、人影が落下してきた。
「レルナ伏せろ!!」
ひゅんっ
風切る音と共にどこからか飛んできた銃弾が、目の前の部屋に撃ち込まれる。
他のビルに狙撃手でもいるのだろう。敵か味方かは分からないが。
「こんな銃撃戦なんて、自分が生き残るので精一杯なのに、どうやって戦えって言うの!?」
「違うよレルナ、戦場っていうのは生き残ることが優先じゃない。兵士にとっては、味方の勝利が優先だ。そして俺たちは、とにかく避難することが優先だ!」
部屋に兵士が入り込む。
2人が壁際で確認すると、味方のマークが見えた。
兵士は声をかけながら、ゆっくりと室内を探索する。
「お~い、だれか生き残っている味方はいるか~!?」
安心したレルナは声をかけようとしたとき、クスミはその手を引っ張る。
(……どうしたの?)
(おかしい。味方は四人体制で動いてるはずなのに、なんで1人の気配しかないんだ)
「多分あれは、敵の催眠にかかってる」
クスミは緑色の鈴に手をかけて鳴らした。
りぃん
「……あれ、俺は今何をしてた?」
そう兵士は漏らし、慌てて仲間の元へ戻りに掛けていこうと外に出た。
レルナは、もし催眠にかかった兵士の声に応じていたらどうなったのかと思うと、ゾッとした。
だが、その役目も、扉を開けた途端に意味をなさなくなる。
横を向き、銃を構えた途端
ダンッ!! ダンッ!1 ダンッ!!
「く、そ……っ」
撃ち合いの中で、声を上げて兵士は倒れた。
クスミたちが扉の裏に隠れると、廊下を敵兵数人が走り抜けていった。
(催眠にかかった兵士がいたということは、すぐ近くに催眠術士もいる……アイギスか、それとも屈強な男のほうか)
「ね、ねえクスミ……? 今のって……あの人……うぅ、……ぁ、あ……」
「レルナ、大丈夫?」
「死んじゃったの?……私、人がし、死ぬ、ところ、見ちゃって……!」
過呼吸になっている、とクスミは緑の鈴を鳴らす。
乱れた波長を落ち着かせようと、クローゼットの中で深呼吸の指示をする。
部屋の電気は消えてまま、互いのシルエットも分からず、近くで息遣いだけが聞こえる。
「……あ……うぅん……ふぅ………はぁ……!」
「ゆっくりでいいよ。敵は下の階へ向かったみたいだし」
「うん…………っはぁ……ク、クスミはよく落ち着いていられるね……私なんか、普段は強気だっていわれるけど、はぁ……うっ……ふ、震えが止まらないのに」
「俺は、想像しないよう思考を切ってるだけだよ。終わったら、きっとレルナの倍は、落ち込んでる」
どうせ俺も終わった後はしばらく寝込むだろうし、普段は強気なレルナ以上に動揺が続くだろう。
それでも今は、この戦いをどう終わらせられるかだけを見据えて動く。
後悔もショックも、生き抜かなければ起こりえない。
「今、俺たちがいるのは5階。戦いが激しいのは上の階。3階までは静かだから、味方が制圧済み、なはずだ。ただし催眠術士が出てきたら、状況はひっくり返ると思うけど」
「……すぅぅ……はぁぁ……うん……だったら、このまま昇っても勝ち目は薄いよね……ふぅ」
クスミは迷いながらも頷く。
しかし立ち止まっていても、戦況はアイギスがいる限り悪化していくだけだろう。
「……ふぅぅぅ……なら……提案があるんだけど」
落ち着きを取り戻しつつあるレルナは言った。
やはり、彼女は凹むのも早いが、その分気持ちを整理するのも早い。
「……催眠術士なら、まずは自分に有利な場所にしたらどう?」
「……!」
「察しが良い人は好き、流石ねクスミ……ふぅ、よし。それじゃあ行こ!」
(俺も、立ち直りの速いレルナが好きだよ)
そう言おうとしたが、ふと先ほどの密着を思い出して、言葉が詰まって出てこなかった。
いや、今は良そう。
今夜が終わってから君を褒めようと、クスミは誓った。
その願いが果たされることはないとも知らず。




