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泉間の催眠術士:花札対戦

3/30追記: 話数が前後していたため修正しました。ごめんなさい! 


催眠術士のゲーム対決って面白そうですよね。

1話分を上中下3部で区切ってますが、文字数は極端に少なくなってはいないはず…


 泉間メメルという淑やかさと嘲りを混ぜ込んだ笑みを浮かべる催眠術士。


 相手の引いた花札の絵柄を当てていくゲーム。

 負ければ、クスミの情報はバラされる。


(それはマズい……まだ、オレはバレるわけにはいかない)


 レルナとの関係は百歩譲って洗いざらい吐いても良い。

 けれど故郷についても口を開けば、それは身の危険に繋がる。

 折角あの里から抜け出せたというのに、これ以上の面倒事に巻き込まれたくない。


(けれど、相手は俺の行動を支配してしまってる。催眠術、それも傾眠を伴わないまま、支配されてしまった)


 催眠術は世間一般に、相手の意識を曖昧にさせて命令を摺りこみ、行動を操るものとされている。

 だが催眠術士の言う催眠は、また意味が異なる。

 催眠術士の「士」が武士と同じく戦闘職であることを指し、催眠とは人心掌握の術全般を指す。

 催眠術のうち、直接命令を指示して摺りこむことを【暗示催眠】、間接的に相手の行動を自らの望む方向へ操作することを【誘導催眠】といい、メメルが行ったのは後者である。


「じゃあ、貴方から一枚引いて。そして絵柄を見て」


「……はい」


 クスミはゲームを中断する提案ができない。

 話を切り出そうと息を吸い込めば言葉を被せられ、ちょっとした動作で制される。

 立ち上がろうと脚に力を込めた瞬間、メメルから威圧感が飛び脱力させられる。

 歴戦の武人や偉大な王はただ立つだけで目の前の相手を怯ませるというが、メメルはそれを意図的に起こしているのだ。


(これほどの催眠術の力があるのなら、なぜ直接尋問して話を聞きださないんだ? ……いや、俺という人間を見定めるためか)


 クスミは一枚引いて、絵柄を見る。

 菊の花と青い短冊が描かれた、いわゆる『菊に青短』。


 花札は、12の植物と、「短冊」「種(主に動物)」「光(主に雅なもの)」が組み合わさった絵柄が24枚。

 そして植物のみが描かれた「カス」が植物につき2枚ずつ、24枚。

『柳のカス』だけが鬼札と呼ばれ1枚、代わりに『桐のカス』が3枚ある。


 表情を読ませないようにしながら前を向くと、メメルが顎をお上げ、満足気に息を吐いた。


「では、そうだね……『きりのカス』」


「ハズレです。『菊に青短』でした」


 枚数が多いうちは、3枚もある『桐のカス』を言うのが当然確率が高い。

 次の番も、クスミもそれを真似る。


「俺も、『桐のカス』です」


「『柳に燕』だよ」


 次の番も、互いに『桐のカス』を予想したが『紅葉に青短』『牡丹ぼたんのカス』と外した。

 3回目の番も、『杜若かきつばたのカス』と『藤に時鳥』が出て両者外す。

 そう、このゲームはそもそも当たるわけがない。

 最も当たりやすい『桐のカス』もゲーム開始時点は6%しか当たらない。それは3回めが終了し6枚消費したところで、7%にしかならない。


 風向きが変わったのは4回目のレルナの番。

 クスミが引いた札は、右上に赤い太陽、中央に一羽の鶴、そして隅に松の葉が描かれた絵の『松に鶴』。

 それまで微笑んでばかりだったレルナだが、クスミはその瞳に怪しい光が輝くのを見た。


「縁起がいいものを引いてそうだね……『松に鶴』だ」


「正解、です」


 驚いた表情をするクスミだが、内心では当然そろそろ頃合いだと思う。

 最初の3回まではただの準備であり、様子見でもあったのだから。


「じゃあ次は君の番。無理に焦らず、あてずっぽうで言ってごらん」


「……」


 クスミは少し考える。

 当てに行くべきか、外すべきか。

 一般人ならば、こんな難題なゲームはそもそも1枚か2しか取れずに終わるだろう。

 だがクスミはやり方を知っているし、彼女の動きを見て、大体何の絵柄を引いたのか見当がついている。


(当てなければ、全部の情報を吐くことになる。当てれば、俺が一般人ではないというのがバレる)


 考え抜いた末、クスミは後者を取ることにした。


(そもそも、俺にこのゲームを提案してきた時点で、そういうことなんだろう)


「あてずっぽうで……『紅葉のカス』」


「正解。君は随分と勘が良いらしいね」


「偶然ですよ」


 次の番、メメルはまた『菊に盃』を言い当てた。

 クスミは、目の前の女性が札を一枚手に取り、持ち直す動作の全てを観察する。


 瞳孔の動きは上から中央、そして上へ戻る。

 指を僅かに持ち直したのは、隅に書かれていた絵に指がかかり、空白を持つように持ち直したから。

 一瞬見ただけで視線を逸らしたから、細かい絵や模様の描かれた札である可能性は低い。

 先ほどの絵札との瞳孔の拡大率の違いから、色は異なる可能性がある。

 表情は変わらず、だが口角や鼻、わずかな眉の歪み、更には全身の無意識の動きの中に、ヒントは隠されている。


 クスミは頭の中にある100以上の項目をチェックし、最も当てはまる絵柄を答えた。


「『桐のカス』です」


「これまた勘が良いね」


「そうですね、でも多分ここからが難しいかと」


「分かっているじゃないか」


 合計4枚、それぞれが2点ずつ当てたところで、メメルは目を伏せて深く息を吐く。

 ここまでは互いの能力の確認でしかない。


「人の心という深淵を覗くとき、自らもまた相手にその姿を観察され、逆に心を覗かれてもいる……さあ、次は2人とも当てられるかな」


 顔を上げたメメルの顔には、先ほどまでとは別人の表情が浮かんでいた。

 まるで今の瞬間に赤の他人がすり替わったかのように、笑みの作り方が異なる。


 一方のクスミは、全身を脱力させ座禅を組んだかのように遠くを見る。

 ポーカーフェイスは賭け事の基本だが、二人が行うのは意味が異なる。

「相手が特に観察していた部位」を意図的に破綻させることで、心理の読み取りを複雑にさせたのだ。


「これは難しいな……『牡丹に短冊』だ」


「正解です」


(この騙し方でもダメか。『梅にうぐいす』を引いたときの演技をしたのに)


「『牡丹に八つ橋」です」


「君の勘も中々だね。これなら、私に買ってしまうかもしれないな」


(ただの少年でもなく、しかし催眠術士にしては違和感がある。それにしても中々の才覚だ)


 既に互いに絵柄を外すことなく、半分以上の札がめくり終わってた。

 確率で考えれば当てることがより容易となるが、催眠術士同士のゲームとしては、より高度な騙し合いと心の読み合いに発展していく。

 相手は今までどう騙そうとしてきたかを考え、騙す振りである可能性を考え、その癖を見抜き、あるいはクセに見せかけて嘘を掴ませる。

 ここに来て、クスミは初めてミスをした。


「『藤のカス』といったね。残念、ハズレだ」


「……っ」


「君の勘も遂に効かなくなってきたか? ともかく私の番だ……それは『芒に望月』」


「正解です。そして貴方のそれは、『萩のカス』か」


「うん、正解だ。似た絵柄だから、君も読み間違えたかな」


 たかが1点、しかし今まで完璧に解答してきた催眠術士相手に取り戻すのは難しい。

 残る枚数は9枚。どうにかしてメメルのミスを生み出さなくては。


(鈴を使うか……)


 クスミは悩む。

 鈴を使えば騙し合いに一波生み出せるのは確か。

 しかし実力が未知数のメメル相手に通用する保証はない。

 それに、今までゲーム中に催眠術を使っていないとクスミは考えている。

『この場から逃げ出せない』という術中に嵌ったせいで、トイレや水を飲みに立ち上がることすら束縛されてしまっているが、それ以外はどうも純粋なゲームとしてメメルは遊んでいる。

 だというのに、こちらが先に催眠術を用いてゲームを悪戯に破綻させてしまえば、向こうもまた格上の催眠術を用いて潰される可能性がある。


 クスミは視線を、玄関に置かれたままの紙袋に向けた。

 昼間レルナに付き合わされたファッション巡りは確かに大変だったが、今までにない充実感があった。

 きっと彼女は、あの服を着て歩く自分の姿を見たくて何着も買ってくれたわけだし、もう少しだけここにいたいと願っている自分がいる、そうクスミは思った。

 だからあの平和な時間を守るには、負けてもいけないし、催眠のことをバレてもいけない。


(……なら、普通に勝つしかないか)




「なら、普通に勝つしかないか」




「……」


 声に出ていたことに、クスミは気づかない。

 メメルもまた、それを指摘しない。

 一体この少年は今のどこに勝算を見出したかを、微動だにしないまま考える。


(気に入らない)


 そして、泉間家の者を前に勝利を奪えるとしたその浅慮さに、静かに侮蔑した。

 レルナの知人だろうと関係ない。舐めた輩は徹底的にしてやると、レルナは舌なめずりをした。

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― 新着の感想 ―
 催眠による戦い、とても面白いです!  催眠すごい。こんな使い方があるとは。  相手の認知に介入することで、その人の見る世界が変容してしまう。現実世界でありながら魔法のような派手な効果もあり、かと思え…
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