好きな人を殺し続ける運命は巡る
——また、好きになった人を殺してしまった。
狭い六畳半のアパートで、わたしは呆然と死体を眺めている。血塗れの布団の上に首のねじ切れた男性の死体が転がっている。
優しい人だった。いや皮肉とか漠然とした褒め言葉とかでは無く、本当に優しい性格をしていたのだ。どこにも行く当ての無いあたしなんかを拾ってくれる人だもの。多少の優しさで出来る行為では無い。だからいつも貧乏で、でもいつも笑顔にだけは満ちていた。
『……ごめんね。あたしも働ければいいんだけど』
『そう? 別にいいんじゃない。まだ食べていけるんだから、無理する必要はないと思うけどなあ』
だから、あたしも好きになってしまったのだ。悲しみのあまり、涙がとめどなく流れる。心が痛い。彼を殺したのは、あたしなのに。
——あたしは異能力者だ。それは自動的に発動する「好きになった人を確実に殺す」能力。だから、彼は死んでしまったのだ。
「……今回で五回目。よく我慢した方じゃない?」
「うるさい黙れ!」
鼻水混じりの声であたしは叫ぶ。玄関には黒服の女が立っていた。ニヤニヤとした顔がイラつく。黒服の女はわたしのことがキライで、わたしは黒服の女がキライだ。どうしてわたしの能力は、嫌いな人を殺す能力じゃないのだろうか。だったら真っ先にこの女を殺せたのに。
「ま、安心しな。いつも通りのあんたは逮捕されない。転生者特例法による不逮捕特権に感謝するんだな。……とっとと出て行けば?」
「この人は……何をしたの?」
「ん? ああ、前世では人身売買の元締めをしているな。うほ、一万人以上を売り捌いたって。すっげー極悪人だな!」
「……それは、前世の罪なのに。現代で犯した罪じゃ無いのに、それなのに殺されなきゃいけないの?」
「あのさ。一回死んだぐらいで罪が償えるなんて、甘いんじゃない?」
黒服の女は無表情で告げた。作業着を着たどかどかと入ってきて、死体を片付け始める。わたしはわずかな私物が入ったリュックサックと一緒に、どんと外に放り出された。空は薄暗く、雨が降っている。
「それはあんただって一緒だ、傾国の魔女さんよ」
—— ※ —— ※ ——
あたしは前世、一つの国を傾けた大悪女だったらしい。時々夢に見る。優雅な宮廷での生活。そこで私は王を惑わし、贅を尽くし、そして国を破滅させた。
転生すれば身体は生まれ変わるから、本来前世の記憶は残らない。でも魂は前世から引き継いだものだ。だから——その魂が記憶している罪は、償わなければならない。それが転生者特例法。
あたしもその特例の一つ。前世の記憶を引き継ぎ、好きになった人を殺す能力。それはあたしに与えられた罰なのだ。もちろん好きな人が無辜の民であってはならない。だから好きになる人は、前世では大罪人と決まっている。
「……どうしたのお姉ちゃん? 風邪引くよ?」
公園のベンチで蹲っていたあたしに、小学生だろうか、ランドセルを背負った男の子が声を掛けてくる。雨の中、声を掛けてきたのはこの子だけだった。男の子は自分の傘を、そっとわたしの方に傾けてくる。雨が少し弱まる。
あたしは、視線を上げてその男の子の顔を見た。
ごき。
わたしは目を剥く。男の子の首が、ぐるりと背中の方に廻ってイヤな音を立てた。傘は男の子の手を離れ、僅かな風に乗って離れていく。ばしゃりと男の子の身体が水溜まりに落ちる。
「あ……ああッ!」
わたしは呻いた。しまった、油断した……! 男の子の優しさに、ちょっと甘えてしまった。だから能力が発動した!
そして絶望する。この程度で能力が発動したということは、男の子は前世はとてつもない罪を犯していたという証でもある。だから死んだ。きっとあの子の魂が犯したであろう、前世の罪を償って。
(……まだ、あんな無垢な子供なのに……ッ!)
きっと前世のことなど知らない。現世では罪も犯していない。それなのに死なねばならない理不尽。そして、好きになる人が全員死んでいくわたしの能力という名の罰。
あたしは絶えきれなくなって、雨の中を逃げ出していった。全てから逃げ出す為に——あたしは遮断機を乗り越えて、そして電車の前へと飛び出した。
——死の痛みは無かった。
—— ※ —— ※ ——
あたしはまた転生した。どうやら死は救いではなかった様だ。今度はとある貴族の令嬢だった。……どうやら転生は未来にするとは限らないらしい。そしてあの能力も残ったままだった。最初に殺したのは母親だった。
——どうすれば、好きな人を殺さずに済むのだろうか?
わたしは必死に考え、まず隠居生活をすることを考えた。まだ十四歳だというのに、高い塔の天辺に引きこもった。これなら出会う人自体を最低限に出来る。
そうして私は研究に没頭した。この能力を解除する研究をだ。様々な文献を集めてもらい、塔の上に運ばせて読み漁る。時々死ぬ使用人に心を痛めながら、それでも研究を続ける。
——この世界は、生前に犯した罪を必ず清算させる仕組みになっている。それは死んでもリセットされない。なぜなら魂に刻まれているからだ。
ならば清算する方法は二つ。一つはこのまま好きな人を殺し続けて、罪の清算を待つ方法。だがそれはきっとわたしの心が保たないし、そもそも好きな人は誰一人だって殺したくない。だから研究しているのだ。
もう一つは——罪自体を無かったことにする方法。わたしの罪、それは一国を滅ぼしてしまった罪のこと。これを無かったことに出来れば、罪自体を発生させなければ、こんな好きな人を殺し続ける運命も無くなる。
果てして。そんなことが出来るのだろう?
わたしは覚悟を決めた。——方法はあるのだ。必要なのは覚悟だけ。
(好きな人を殺し続けるより、こっちの方がずっとマシよ!)
わたしは塔の上から飛び降りた。そして地面に衝突するまでの数秒間、祈った。どうかわたしの心が折れません様に——。
—— ※ —— ※ ——
わたしの罪を無かったことにする方法。それ自体は単純だ。この世界での転生が、未来方向だけでは無く、過去方向にもされるというのがミソだ。
——わたしは「意識」を取り戻した。ここはどこだ……年齢はまだ五歳か六歳ぐらい。からだがふわふわ浮いている。窓の外には星空が広がっている。
どうやら宇宙空間に浮かぶコロニーにいる様だ。随分と未来に転生した。まあそれは想定内。わたしはまだ決心が鈍っていないことを確認する。大丈夫、わたしはやれる。
わたしは誰とも会わないようにして、エアロックへと辿り着く。緊急用のボタンを押す。するとロック内の全ての物が宇宙空間に放り出される。もちろんわたしもだ。
一体どれぐらい意識が残ってるのだろうか、出来るだけ苦しまない方がいいなあ……と思っている間に意識は途絶えた。あたしは、自殺に成功した。
再びわたしは転生する。——実に簡単な話だ。過去にも転生するのなら、わたしが転生をし続ければいずれ、あの傾国の魔女だった時代に辿り着く。それまで——出来るだけ最短距離で——自殺しつづける。そういう作戦だ。
傾国の魔女にだった自分に転生できれば、あとは罪を犯さずに静かに暮らせばいい。それでこの運命から解放される——。
問題は。どのぐらいでそこに辿り着けるのか。どれぐらい自殺すればいいのか……という点だ。
(……大丈夫、あたしはやれる……!)
今まで殺してきた好きな人たちの顔を思い出しつつ、わたしは転生の扉を叩き続ける。
—— ※ —— ※ ——
傾国の魔女も、最初からそういう人間だったワケではない。元々はどこにでもいる、単なる田舎娘の一人だった。その人生が歪んだのは、その美貌のせいだった。もし貴族の娘だったら、様々な危険から守ってくれる存在が周囲にいただろう。
だが田舎娘にそんなものはない。十四の時に村を焼かれ、盗賊に攫われた。その後のことは——あまり話したくない。娼婦としてあちこちに売られ、そして都でとある役人に買われたのが、わたしの人生の転機だった。そこで王の目に止まったのだ。程なくして王の愛妾の一人となり、やがて国を傾けるほどの権勢を得ていくことになる。——前世では。
(……なんていうことなの! わたし誰も殺していない……!)
わたしは王宮の中を、侍女を侍らして歩いている。ここまでに来る間、わたしはその能力で誰一人殺していなかった。出会った人間はすごいクズばっかりなのに、誰一人として好きにならなかった……! ということは、あんなクズたちでも前世は清かったということだ。そんな馬鹿な。
この国だってわたしが傾国するまでもなく、腐りきっている。王だって一体何人女を侍らせているのか……。
(……なんて理不尽なの……)
わたしは改めて気づいた。好きなと人を殺すのは私への罰で、殺される人間にとっては前世の罪故に殺される。でもこの仕組みだと、今世での罪は裁かれないのだ。悪い奴はのうのうと、今も今世を謳歌している……。
(こんなことは許されない……許されるはずはないわ……)
だからわたしは、この国を改革することを始めた。使えない王は余計な口出しをされないように宮廷に押し込めて、不正を働いている大臣たちは一掃し、あらゆる犯罪は厳重に取り締まるとのお触れを出す。
そうやって理想の国造りをわたしは始めた。誰もが苦しまない、わたしの様な人間が出ない国を造りたかったのだ。
——結果。国は滅亡した。誰もしもが相手の不正を追及し、罵り合い、そして自滅していった。そうしてわたしは、傾国の魔女と呼ばれる様になった。
—— ※ —— ※ ——
——そうしてまた、狭い六畳半のアパートで、わたしは好きな人を殺している。
「……今回で二十回目。よく我慢した方じゃない?」
「うるさい黙れ!」
あたしは背後に立つ黒服の女に怒鳴った。彼女はニヤニヤした顔で、わたしをみつめている。
「安心しなよ。いずれ救いは——訪れるさ。輪廻の果てに、きっとね」
【完】
おはようございます、沙崎あやしです。
今回の短編小説は「恋愛+タイムリープ?」で攻めてみました。お楽しみいただけましたでしょうか?
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