アフタヌーンティーの告白
クラシカルな弦楽四重奏が、ペニンシュラ香港のラウンジに優雅な音のレースを広げていた。
天井まで届く窓からは柔らかな午後の日差しが差し込み、白いクロスのテーブルに並べられた3段のティースタンドには、見目麗しいスイーツとサンドイッチが整然と並んでいる。
律子は銀のフォークでミニサイズのレモンタルトをひと口。甘さよりも、どこか冷たさが舌に残った。
「昨日の夫妻、すごく仲よさそうだったね」
圭祐が紅茶に砂糖を落としながら言った。
「……うん、そうね」
律子はカップを口元に運びながら、答えた。
(話すなら今しかない)
この数日、香港の煌びやかな街並みの中で、律子の心はずっと曇っていた。
深圳で見た、何気ない優しさがにじむ夫婦の姿――
あれを目の当たりにした今、黙っていることの方が裏切りに近いとさえ思えた。
「圭祐…」
名前を呼ぶと、彼は穏やかな顔を向けた。
「なに?」
律子は一瞬、視線をテーブルに落とした。そして、静かに続けた。
「車に、盗聴器。仕掛けてたよね?」
その瞬間、ティーカップの中でスプーンが「カラン」と音を立てた。
けれど、圭祐の表情に驚きや戸惑いはなかった。
「……あぁ、そのこと?」
あまりに軽い反応に、律子は目を見張った。
「“そのこと”って、何? どうして私を疑ったの? エステに行くって言っただけで?」
「だって、急に予約して行ったじゃないか。怪しいって思っても仕方ないだろう」
そう言って圭祐は、まるで軽口を叩くかのように笑った。
律子の頬に熱がのぼる。
怒りというより、屈辱と悲しさだった。
「私、あなたに疑われるようなこと、何かした?」
声が震えるのを抑えきれなかった。
圭祐は肩をすくめる。「いや、だから確認したかっただけだよ。何もなかったんだし、いいじゃないか」
その瞬間、律子の中の何かがぷつんと切れた。
立ち上がり際、椅子の脚が大理石の床に音を立てて引かれる。
レストラン中がふと静まり、数組の視線がこちらに向いた。
「……先に部屋に戻るわ」
それだけ言い残し、律子はハンドバッグを取り上げると、何も振り返らずにラウンジを後にした。
目の前に並んでいたスイーツたちは、どれも美しく、そしてひどく味気なく思えた。
彼の言葉の軽さと、それを笑って済ませる神経。
この旅のために選んだドレスの光沢さえ、いまは空虚に思えた。
部屋に戻るエレベーターの中、律子は深く息を吐いた。
(どうして私は、いまここにいるんだろう)




