6-4 仮面が外れる音
その連絡も、まるで何事もなかったかのように届いた。
「律子ちゃん、最近どう?
蓮くん、元気にしてる?」
丁寧で、柔らかくて、いつもの実佳。
圭祐の件など、まるで存在しないかのような文面だった。
律子は、スマートフォンを握りしめたまま、しばらく動かなかった。
怒りは、もう静かに溜まる段階を過ぎていた。
胸の奥で、はっきりとした輪郭を持ち始めている。
——この人は、どこまで平然としていられるのだろう。
深く息を吸い、律子は短く打ち返した。
「私、実佳さんと圭祐の関係を知っているんだけど」
送信した瞬間、心臓が強く鳴った。
逃げ道は、もうない。
返事は、驚くほど早かった。
「え?
何のこと?」
その一文を見た瞬間、律子は笑いそうになった。
あまりにも、想定通りだったから。
「圭祐と、関係持ってるんだよね?」
少し間を置いて、律子は続けた。
「でもね、私は実佳さんからじゃなくて、
圭祐が悪いと思ってる」
——本心だった。
怒りの矛先は、夫に向いている。
だからこそ、この言葉は嘘ではなかった。
既読がつく。
しばらく、返信は来なかった。
その沈黙の向こうで、何かが切り替わったのだと、律子は直感した。
やがて、長文が返ってきた。
「……律子ちゃん、誤解しないでほしいんだけど」
「最初はそんなつもりじゃなかったの」
「圭祐さんがすごく弱ってて」
「私、ただ話を聞いてただけで……」
止まらない。
一度外れた栓から、水が溢れ出すように、言葉が続く。
「律子ちゃん、幸せそうだったでしょ?」
「私たち、もう夫婦って感じじゃなかったし」
「私、ずっと我慢してた」
律子は、画面を見つめながら、ただ静かに息をしていた。
否定もしない。
遮らない。
——今、この人は、自分で自分を正当化している。
「それに、私たち大人だし」
「一線越えたって言われると困るんだけど」
その一文で、律子の中の何かが完全に切れた。
——困る?
——困っているのは、誰?
指先が震えた。
怒りと悔しさと、どうしようもない虚しさが一気に込み上げる。
「蓮が生まれたばかりなの、知ってるよね」
律子がそう送ると、少し間が空いた。
「……それは、圭祐さんの問題でしょ?」
その返答を見た瞬間、律子は確信した。
この人は、自分が“何をしたか”を、理解しようともしていない。
——悪気がないのではない。
——責任を持つ気が、最初からないのだ。
律子は、スマートフォンを伏せた。
これ以上、言葉を交わしても意味はない。
でも、心の奥に溜まった感情は、もう引き返せないところまで来ていた。
——この人は、守らなければならない「友人」ではない。
——私は、もう黙らない。
蓮の寝息が、静かな部屋に響いている。
その小さな命を守るために、
律子は、次に進む覚悟を決めていた。




