祝福の裏側で
結婚式の当日。
六月の青空がどこまでも澄み渡り、季節の花々が咲き誇る会場へと向かう途中――律子は、何かがおかしいと感じていた。
「あなた今日は主役なんだから。運転くらいお母さんに任せなさい」
母がそう言って運転席に座り、律子は助手席に腰を下ろした。シートに深く身体を預けた瞬間、シート下にわずかな違和感を感じた。
硬いものが、足元に軽く当たる。
不審に思って覗き込むと、小さな黒い機械が目に入った。
「……なに、これ?」
その形と、ボタンの並びで――律子はすぐにそれがICレコーダーであることを理解した。
思わず冷たい汗が背筋を伝う。
これが、ここにある意味。誰が、何のために?
脳裏に浮かんだのは、ひとり。
圭祐――。
過去に一度、ふとした会話の中で彼が言った言葉がよみがえる。
「人間関係って、裏切られるのが怖くて、つい自分から先に疑いたくなるもんだよ」
当時は軽い持論だと思って流した。だが、今になってそれが現実だったと知る。
――私、疑われてたんだ。
母に気づかれないように、律子は震える手でそのレコーダーをバッグに忍ばせた。
そのまま何事もなかったかのように微笑み、母と話を続けながら、会場へと向かう。
外は晴れていた。
六月の光は祝福のようにやさしく降り注いでいた。
けれど律子の心の中では、透明だったはずの未来に、わずかな**翳**が差し込み始めていた。
式は滞りなく進行した。
笑顔、祝福、写真、スピーチ、指輪の交換、キス――
すべての瞬間が映画のようで、完璧だった。
ただし、律子の胸の中にある小さなレコーダーの存在だけが、すべてを現実に引き戻していた。
披露宴の終盤、圭祐が彼女の手を取り「幸せにします」と誓ったその言葉すら、どこか遠くから聞こえてくるようだった。
(あなたは、私を信じていなかったのに)
でも律子は、誰にもその想いを見せなかった。
ゲストたちの前で涙を流し、笑顔を浮かべ、まるで何一つ疑念のない未来が待っているかのように振る舞った。
そして心の奥で、そっとつぶやいた。
「今日の私は、きっと一生の中でいちばん綺麗な私――。
だから、この嘘も、この怒りも、全部、今はドレスの奥にしまっておく」
静かに、華やかに、そして冷ややかに。
律子の「新しい人生」は、確かに始まっていた。