表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/51

祝福の裏側で

結婚式の当日。

六月の青空がどこまでも澄み渡り、季節の花々が咲き誇る会場へと向かう途中――律子は、何かがおかしいと感じていた。


「あなた今日は主役なんだから。運転くらいお母さんに任せなさい」


母がそう言って運転席に座り、律子は助手席に腰を下ろした。シートに深く身体を預けた瞬間、シート下にわずかな違和感を感じた。


硬いものが、足元に軽く当たる。

不審に思って覗き込むと、小さな黒い機械が目に入った。


「……なに、これ?」


その形と、ボタンの並びで――律子はすぐにそれがICレコーダーであることを理解した。


思わず冷たい汗が背筋を伝う。

これが、ここにある意味。誰が、何のために?


脳裏に浮かんだのは、ひとり。

圭祐――。


過去に一度、ふとした会話の中で彼が言った言葉がよみがえる。


「人間関係って、裏切られるのが怖くて、つい自分から先に疑いたくなるもんだよ」


当時は軽い持論だと思って流した。だが、今になってそれが現実だったと知る。


――私、疑われてたんだ。


母に気づかれないように、律子は震える手でそのレコーダーをバッグに忍ばせた。

そのまま何事もなかったかのように微笑み、母と話を続けながら、会場へと向かう。


外は晴れていた。

六月の光は祝福のようにやさしく降り注いでいた。


けれど律子の心の中では、透明だったはずの未来に、わずかな**かげ**が差し込み始めていた。


式は滞りなく進行した。

笑顔、祝福、写真、スピーチ、指輪の交換、キス――

すべての瞬間が映画のようで、完璧だった。


ただし、律子の胸の中にある小さなレコーダーの存在だけが、すべてを現実に引き戻していた。


披露宴の終盤、圭祐が彼女の手を取り「幸せにします」と誓ったその言葉すら、どこか遠くから聞こえてくるようだった。


(あなたは、私を信じていなかったのに)


でも律子は、誰にもその想いを見せなかった。

ゲストたちの前で涙を流し、笑顔を浮かべ、まるで何一つ疑念のない未来が待っているかのように振る舞った。


そして心の奥で、そっとつぶやいた。


「今日の私は、きっと一生の中でいちばん綺麗な私――。

だから、この嘘も、この怒りも、全部、今はドレスの奥にしまっておく」


静かに、華やかに、そして冷ややかに。

律子の「新しい人生」は、確かに始まっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ