5-15 紅あずまの記憶
ある日、義母に誘われ、律子は蓮を連れてケアホームを訪れることになった。そこには義母の母──つまり圭祐にとっての祖母が入居している。義母は車の運転ができないため、ハンドルを握るのは律子だ。ベビーシートに眠る蓮を背に、助手席の義母と並んで走る道は、不思議と柔らかな安心感を運んでくれた。
途中、義母が「おばあちゃん、紅あずまの焼き芋が好きだったのよ」と思い出したように言う。律子はすぐに車を寄せ、小さな店先でほかほかと湯気の立つ焼き芋を買い求めた。紙袋から漂う甘い香りが、車内をほんのり満たしていく。
ケアホームに着くと、スタッフや入居者がこぞって蓮の姿に目を細めた。ふっくらした頬や小さな手足は、そこにいる誰にとっても癒しの象徴のようで、「かわいいわねえ」「まあ、元気に育って」と次々に声がかかる。律子は緊張しながらも、蓮が愛されることを素直に嬉しく感じた。
しかし、肝心の義祖母は違った。車椅子に座り、うつろな目を向けるその人は、律子や義母の姿を見ても誰だかわからない様子だった。蓮に視線が集まれば集まるほど、顔を曇らせ、落ち着きなく手を動かす。まるで幼子が拗ねるように、膨れっ面をしたり、そっぽを向いたりする。
律子が「おばあちゃん、お好きだった焼き芋を持ってきましたよ」と手渡そうとしても、「いらない!」と短くはねつける。義母も「お母さん、律子ちゃんよ、覚えてる?」と優しく声をかけるが、義祖母の表情は頑ななままだった。
その間も、蓮はスタッフやほかの入居者に抱かれ、笑顔を振りまいていた。律子は、義祖母がそんな光景をじっと横目で見ているのに気づき、胸がちくりと痛む。記憶を失い、娘さえも認識できなくなった義祖母にとって、今やこの小さな命は“羨望の的”でしかないのだろうか。
帰りの車中、義母は少し疲れた顔をしながら、それでも微笑んだ。
「……あの人は、もうあんな調子だけどね。それでも、会いに行くことに意味があると思うの」
律子は黙って頷いた。
運転する手の中で、小さな命を預かる責任がずしりと重みを増しているのを感じながら。




