結婚式
結婚式は、日本で挙げることに決まった。
理由はひとつ。
律子にとって、人生を支えてくれた人たちがそこにいるからだった。
両親、学生時代の友人、起業当初から支えてくれた社員たち。
誰ひとり欠かしたくなかった。
圭祐もその意志を尊重してくれ、二人は初夏の日本でのジューンブライドを目指して準備を進めることになった。
場所に選んだのは、都心から少し離れた歴史ある邸宅を改装したガーデンウェディング会場。
木々に囲まれたその空間には、古き良き日本の美しさと、どこか西洋のエッセンスも感じられた。
「日本だけど、バンクーバーの風も少しだけ持ち込みたいね」
圭祐の言葉に、律子は小さく頷いた。
当日。六月の陽射しがやわらかく降り注ぎ、初夏の風が二人の門出を優しく包み込んでいた。
白無垢ではなく、律子が選んだのはオフホワイトのシルクのドレス。
シンプルで、でも背筋が伸びるような一着だった。
髪には繊細なパールのヘアピンをいくつか散らして、ナチュラルながらも凛とした美しさを纏っていた。
ゲストの中には、律子がカナダに行く前に仕事を共にしたビジネスパートナーもいれば、学生時代の親友たちもいた。
そして、律子の両親。
涙ぐむ母の横で、父は無言で律子の姿を見つめていた。
式の中盤、圭祐がマイクを手に取り、招待客たちへ向けて静かに頭を下げた。少し緊張しながらも、まっすぐに言葉を紡ぎ始める。
「東京で生まれ育った僕にとって、この街は当たり前の場所でした。でも、カナダ大使館で律子さんと出会ったあの日、東京がこれまでとはまるで違う、特別な街に思えたんです。彼女がそこにいるだけで、いつもの東京が、少しだけきらめいて見えました。」
会場に優しい笑いが広がる。圭祐はふと律子の方に視線を送り、少し照れたように続けた。
「正直に言うと、こんな美しい律子さんを東京に一人で置いておいたら、きっと誰かに取られてしまうんじゃないかと、気が気じゃありませんでした。それで…ちょっと急いでしまったところもあります。」
再び会場が和やかな笑いに包まれる。
「それから、律子さんが大切にしているワンちゃんとネコちゃんを、バンクーバーに連れて行くことができずにいるのも、本当に申し訳なく思っています。でも、そのぶん、彼女が少しでも楽しく過ごせるように、全力で頑張ります。」
言葉の一つひとつに、律子への愛情と誠実さがにじんでいた。
「今日という日を迎えることができたのは、ここにいる皆さんのおかげです。私たち二人を、どうかこれからも温かく見守ってください。」
圭祐のスピーチが終わると、会場にはひときわ大きな拍手が響き渡った。
披露宴では、バンクーバーで撮影された二人のフォトムービーが流された。
スタンレーパークでのプロポーズの瞬間も、さりげなく映し込まれていた。
そして、最後に流れた一枚――
バンクーバーの夜景を背に、リムジンの前で笑い合う二人の写真に、会場中があたたかな空気に包まれた。
夜の帳が下りる頃、庭の木々には小さなライトが灯り、まるで星が降る森の中にいるようだった。
「結婚式って、こんなに特別な日なんだね」
帰り際、律子がぽつりと呟くと、圭祐は少し照れたように笑った。
「特別なのは、今日だけじゃない。これからも、ずっとだよ」
その言葉に、律子はぎこちなく微笑んだ。
人生の新しい章は、こうして静かに幕を開けたのだった。