5-3 花火の終わる頃に
Canada Placeの花火――それはカナダ建国記念日、Canada Day の夜に打ち上げられる一夜限りの祝祭だった。
キツラノビーチにも、遠くで上がる花火を眺めようと多くの人が集まる。
街中が国旗と赤白の装いに染まるその日、夜空に咲く火花はほんの20分ほどの儚いものだったが、それでも人々は波音とともにその一瞬を味わい尽くそうとしていた。
律子たちも例外ではなかった。
ホームパーティを終え、残っていた数名のスタッフと一緒に、みなでぞろぞろとキッツビーチへ向かった。風は涼しく、むしろ寒いくらいだったが、空気は澄んでいて、花火は本当に美しかった。屋台も喧騒もない代わりに、波の音が近くに聞こえ、花火の音が遠くの空を震わせていた。
律子は大きくなってきたお腹を両手で抱えながら、空を見上げた。海辺の風に髪が揺れる。
その少し前方で、実佳と圭祐が並んでいるのが目に入った。
ふたりの間で、ふっと短く何か言葉が交わされたような気がしたが、波の音にすぐにかき消された。
帰り道、一旦自宅に戻ると、どうやって皆が帰るか、という話になった。
「実佳さん、帰りはどうするの?」と律子が訊くと、
「うん、バスで帰るよ。たぶんギリギリ間に合うかな」と実佳。
「送っていこうよ」と律子が圭祐に促す。
「えー、やだよ。ポートムーディーでしょ? 遠いしさ」と圭祐は軽く眉をひそめる。
「そんな遠い距離を、女性一人で帰らせるの?」と律子が言うと、圭祐はあっさりと折れた。
「……じゃあ、送っていくよ」
「じゃ、行こっか」と律子が玄関に向かおうとしたとき、二人の声が揃った。
「え?」
実佳と圭祐の顔が同時に律子を見て、一瞬、言葉に詰まったような表情を見せた。
「他のスタッフも送るから、後部座席がちょっと…狭いかも」と圭祐。
「別に大丈夫じゃない? 順番に送ればいいし」と、律子はさらりと返した。
玄関で靴を履きながら、ふと律子が見たのは、実佳が当然のような顔で先に車へと向かい、助手席のドアを開けようとして――
律子と目が合った瞬間、少しだけ動きを止め、気まずそうに笑いながら、後部座席へと身を滑らせる様子だった。
その自然とは言えない動きに、律子の中に、何とも言えない違和感がふっと芽生えた。
助手席には律子が座り、圭祐が運転する。後部座席には実佳と、もう一人のスタッフ。
何事もなかったように会話は続いていたが、律子の耳には、助手席の前で交わされる軽やかな笑い声が、なぜか少し遠く感じられた。
この夜、すでに何かが始まっていたことを、律子はまだ知らなかった。




