決意
あの夜、バンクーバーの夜景とともに受け取ったプロポーズの余韻は、翌朝になっても律子の中で夢のように残っていた。
けれど、不思議なことに、その甘美な時間のあとに訪れたのは「迷い」ではなく、驚くほどの「覚悟」だった。
圭祐となら、きっとこの先の人生を一緒に歩める――そう、心の底から思えた。
彼の存在が、自分の人生の「次の章」をくっきりと浮かび上がらせてくれたように感じた。
東京に戻ってから、律子は自分の会社を見つめ直した。
若くして立ち上げ、夢中で駆け抜けた数年間。
気がつけば、やりたかったことの多くは実現され、社員も育っていた。
何より、自分の中の情熱の火が、いつのまにか小さくなっていたことを、改めて痛感する。
「やりきったのかもしれないな……」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟いたその言葉は、自分自身への答えになった。
それからの律子は早かった。
信頼するM&A仲介会社に連絡し、半年ほど前から相談していた後継候補と交渉を始めた。
彼女にとっては大きな決断であるはずなのに、不思議と未練はなかった。
「人生の次のステージへ進むのに、これは必要な選択だ」
心の中でそう言い聞かせる必要さえなかった。