4-4 銀座に咲くふたつの命
東京に戻ってからの律子は、忙しいながらも充実した日々を送っていた。
仕事には関わっていなかったが、圭祐の立ち上げた東京支社の様子や、都市の流れを外側から見るのは新鮮だった。
一方で、妊娠が分かってからは、以前ほど身軽には動けなくなっていた。
それでも、時折旧友と会って話す時間は、良い気分転換になっていた。
そんな中、律子は中学時代からの友人、君子に会う約束をした。
待ち合わせは銀座の和光の時計台の前。
二人にとっては、何度となく待ち合わせに使ってきた、言わば「定位置」だった。
君子は、律子より三歳年上。
出会ったのは、律子がまだ中学生だった頃に参加したアメリカのロサンゼルスでのサマースクール。
偶然その旅で知り合い、年齢も学校も住む場所も違うにも関わらず、気づけば十年以上の付き合いになっていた。
彼女は、いつも律子に新しい世界を見せてくれた。
本を読むだけでは知り得ない価値観、選択肢、生き方。
時に年上らしく頼もしく、時に子どものように甘えてくる不思議な存在。
律子にとって、姉であり妹であり、何より気を遣わずにいられる稀有な友人だった。
だが、その君子が、長い間不妊治療を続けていたことも、律子は知っていた。
だからこそ、「妊娠した」という報告をすることに、心が揺れていた。
話すべきか、黙っておくべきか。前日からそのことで頭がいっぱいだった。
「もし、つわりで途中でお茶もできなかったら、きっと心配させちゃう。隠し通せることじゃない……でも……」
和光の前で立ち止まりながら、律子は小さく息を吐いた。
その瞬間、「りっちゃーん!」と懐かしい声が背後から響いた。
振り返ると、そこには変わらぬ笑顔の君子がいた。
ワンピースに薄手のカーディガンを羽織り、少しだけふっくらとした輪郭に気づいた律子は、
「変わらないね」と言おうとしたその言葉を、一瞬飲み込んだ。
ふたりは中央通りに面した和菓子店HIGASHIYA GINZAに入った。
梅の香る冷茶と、季節の和菓子が出されたころ、律子は意を決して口を開いた。
「ねえ、君ちゃん……私ね、実は——」
「えっ!りっちゃんも!?」
君子がぱっと顔を輝かせて、テーブルに身を乗り出した。
「えっ?何が?」
「妊娠したんでしょ? もしかして違う?」
「あ……うん、そう、なの。やっぱり分かっちゃう?」
「なんとなく分かるよ〜。というかね、私もなんだ。びっくりでしょ?」
君子の言葉に、律子は一瞬、時間が止まったような感覚を覚えた。
「ほんとに……?君ちゃんが?」
「うん、不妊治療、やっとね。ほんと、奇跡だよ」
自然と、二人の目に涙が浮かんだ。
「予定日、いつなの?」
「8月8日。りっちゃんは?」
「8月1日……え、嘘でしょ、1週間違い?」
「うわぁ……!これはもう運命じゃない?」
二人は思わず声を上げて笑い合った。
気遣いも遠慮も一瞬で吹き飛び、かつてのアメリカ旅行のように、心が一気に近づいていった。
「なんだか、これからの妊婦ライフ、一緒に乗り越えられそうで心強いよ」
「うん、私も。君ちゃんがいてくれてよかった」
和菓子の甘さよりも、心のなかがあたたかくなっていくのを、律子は確かに感じていた。
この日から、律子の東京での生活に、新たな喜びと支えが加わることになる。




