3-3 静かな戦場
律子はなにかひっかかるような気持ちを抱えたまま、週末を過ごした。
それから数週間、咲良をめぐる話題はじわじわと広がっていった。実佳は直接的に悪口を言うのではなく、「私は耐えてるけど」「咲良さんにも事情があるのかも」と、いかにも心優しいふうを装いながら、周囲の同情を巧みに誘っていた。
「最近、咲良さんピリピリしてない?」
「うん、私にも目を合わせてくれなかった」
「実佳さんにあんなこと言ったらしいよ」
いつの間にか、オフィスの空気が変わり始めた。
律子が会社に顔を出すと、咲良がひとりで昼食をとっている姿を目にした。以前は必ず誰かが隣に座っていたのに、今は席の隙間が妙に目立つ。
「律子さん、最近あの人、何かあるんですか?」と千賀子が気遣わしげに耳打ちしてくる。
律子は曖昧に笑ってその場をやり過ごしたが、内心では困惑していた。実佳が語った咲良の姿と、自分が見てきた咲良の姿とが、どうにも重ならなかった。
数日後、実佳からメッセージが届いた。
「律子さん、私…もう限界かも。咲良さんにまた無視されました。つらいです」
律子の胸がざわついた。
"また"、というその一言に、演出めいた匂いを感じた。
それでも、はっきりと「実佳が何かおかしい」と思えるほどの確証もなかった。
ただ、咲良の表情が少しずつこわばり、以前のような明るさを失っていく様子が、何より雄弁に語っていた。
誰かが仕掛けた静かな戦場のなかで、誰が敵で、誰が味方なのか。
律子は、どちらにも加担できず、ただ揺れながら立ち尽くしていた。




