プロポーズ
スタンレーパークの中に佇む、静かなレストラン The Teahouse。
柔らかなキャンドルの灯りと、窓の外に広がるトワイライトの海。
その夜、律子はまるで夢の中にいるようだった。
「今日はスーツで行くよ」と事前に圭祐に言われ、
「ドレスコードがあるのね」と思った律子は、手持ちの中で最も上品なネイビーブルーのドレスを選んだ。
ゆるく巻いた髪に、真珠のピアス。鏡の中の自分が少しだけよそ行きに見えた。
コース仕立てのディナーは、前菜からデザートに至るまで、どれも丁寧に仕上げられた料理ばかりだった。
カナダ産のロブスターに、季節の野菜を使ったスープ。メインはオーブンで焼かれたサーモンにハーブのソースがかけられていた。
デザートのベリータルトを一口残らず食べ終えた時、律子はナプキンを膝の上に戻しながら、小さく息をついた。
「美味しかった……」
その時、圭祐がふっと微笑んで言った。
「まだ、食べられるでしょ?」
「ちょっと、さすがにそれは……」
笑いながらも苦笑気味に応える律子に、圭祐は手を上げてサーバーを呼んだ。
しばらくして運ばれてきた“メニュー”に、律子は思わず目を凝らした。
そのページの真ん中に、美しい筆記体で書かれていたのは――
“Will you marry me?”
「え……?」
驚きで声にならない律子の前に、再びサーバーが現れる。
手のひらには、小さなベルベットの箱が乗っていた。
その蓋が静かに開かれると、中にはプリンセスカットのダイヤモンドが、星のように瞬いていた。
その瞬間、圭祐がスッと椅子を引き、律子の前で片膝をついた。
レストランのざわめきが一瞬止まり、キャンドルの灯りだけが二人を照らす。
「律子さん……結婚してくれませんか?」
その言葉が、まるで遠くから聞こえてくるように思えた。
胸の奥から何かがこみ上げ、気づけば律子の目には涙が溢れていた。
「……はい」
その小さな一言に、レストラン中から拍手が沸き起こった。
他のテーブルの客たちが微笑み、グラスを掲げ、二人を祝福した。
席を立ち、照れくさそうに笑う律子の手を、圭祐はそっと握る。
レストランの外に出ると、そこには白いストレッチリムジンが停まっていた。
「これも、用意してたんだ」
微笑む圭祐に導かれ、律子はリムジンのドアをくぐる。
車は静かに動き出し、バンクーバーの夜景が窓の外に流れていく。
街の灯りが星のように輝き、どこまでも続く二人の未来を祝福しているように思えた。
この夜のすべてが、律子にとって忘れられない記憶になる――そう、確信していた。