表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/54

2-4 乾燥機の中の真実

ひんやりとしたバンクーバーの朝の空気が、背筋をぞわりと撫でた。

窓の外には、変わらず美しい港の景色が広がっているのに、律子の胸の内は、ざらついた霧に覆われていた。


お昼になっても、空腹を感じなかった。食べようとしたサンドイッチも、一口かじっただけで喉を通らず、冷蔵庫に戻す。

手持ち無沙汰にキッチンを片付け、気を紛らわせようと掃除機をかけても、頭の片隅にはあの“誰かの洗濯物”が張り付いたままだった。


どう伝えよう。

問い詰めたところで、また「考えすぎだよ」とはぐらかされるのではないか。

けれど、もう黙っていられるほど強くはなかった。



帰宅した圭祐に、意を決して話すと、彼は一瞬、言葉を失ったようだった。


「……ああ、ごめん、前に一緒に住んでた子のだ」


そして、こう続けた。


「律子と結婚するって決めた時、急に家を出てもらうことになって、行き先が見つかるまでの間、この部屋にしばらくいてもらったんだ。荷物は全部持ってったと思ってたけど……」


一応の説明はついた。理屈は通っている。でも——。

なぜ、忘れていったのか。なぜ、そんなに大量の衣類を――まるで“わざと”置いていったかのように。


「なんで、そんな大事なこと、言ってくれなかったの?」


律子の問いかけに、圭祐はバツが悪そうに頭をかいた。


「……言ったらイヤな気分になると思って。結婚したばかりのタイミングで、余計な不安を与えたくなかったんだ」


そう言ってその夜、圭祐は花を買って帰ってきた。

カウンターの上に小さなブーケを置き、「ごめん」とだけ言って笑ってみせた。




悪びれた様子は、確かにあった。

でも、どこか、表面的な優しさのようにも感じられた。


(本当に私の気持ちを想像してくれた?)


盗聴器のことがあった。

あの時と同じ。疑いたくない。でも信じきれない。


バンクーバー。

誰も知らない、誰もいないこの街で、たった一人。


圭祐がシャワーを浴びている間、律子はソファに座ったまま、動けずにいた。

窓の外では、夜の帳が下り、ダウンタウンのビル群がまばゆく輝き始めていた。


その輝きが、どこか遠く、異世界のように感じられた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ