2-4 乾燥機の中の真実
ひんやりとしたバンクーバーの朝の空気が、背筋をぞわりと撫でた。
窓の外には、変わらず美しい港の景色が広がっているのに、律子の胸の内は、ざらついた霧に覆われていた。
お昼になっても、空腹を感じなかった。食べようとしたサンドイッチも、一口かじっただけで喉を通らず、冷蔵庫に戻す。
手持ち無沙汰にキッチンを片付け、気を紛らわせようと掃除機をかけても、頭の片隅にはあの“誰かの洗濯物”が張り付いたままだった。
どう伝えよう。
問い詰めたところで、また「考えすぎだよ」とはぐらかされるのではないか。
けれど、もう黙っていられるほど強くはなかった。
帰宅した圭祐に、意を決して話すと、彼は一瞬、言葉を失ったようだった。
「……ああ、ごめん、前に一緒に住んでた子のだ」
そして、こう続けた。
「律子と結婚するって決めた時、急に家を出てもらうことになって、行き先が見つかるまでの間、この部屋にしばらくいてもらったんだ。荷物は全部持ってったと思ってたけど……」
一応の説明はついた。理屈は通っている。でも——。
なぜ、忘れていったのか。なぜ、そんなに大量の衣類を――まるで“わざと”置いていったかのように。
「なんで、そんな大事なこと、言ってくれなかったの?」
律子の問いかけに、圭祐はバツが悪そうに頭をかいた。
「……言ったらイヤな気分になると思って。結婚したばかりのタイミングで、余計な不安を与えたくなかったんだ」
そう言ってその夜、圭祐は花を買って帰ってきた。
カウンターの上に小さなブーケを置き、「ごめん」とだけ言って笑ってみせた。
悪びれた様子は、確かにあった。
でも、どこか、表面的な優しさのようにも感じられた。
(本当に私の気持ちを想像してくれた?)
盗聴器のことがあった。
あの時と同じ。疑いたくない。でも信じきれない。
バンクーバー。
誰も知らない、誰もいないこの街で、たった一人。
圭祐がシャワーを浴びている間、律子はソファに座ったまま、動けずにいた。
窓の外では、夜の帳が下り、ダウンタウンのビル群がまばゆく輝き始めていた。
その輝きが、どこか遠く、異世界のように感じられた。