2-3 美しき部屋に潜む影
圭祐が「ここは律子と暮らすために選んだんだ」と言っていた新居。
彼自身も、ほんの数日前に引っ越してきたばかりのはずだった。
しかし、初日の夜。
ふとキッチンに立った律子は、コンロにわずかに焦げ跡のようなものを見つけた。
換気扇には、油のにおいがほんのりと残っている気がする。
圭祐は料理をしない人だった。仕事に追われ、平日は外食かテイクアウトばかりだという話も聞いていた。
「あれ、誰が使ったんだろう……?」
首をかしげながらも、その夜は深く気にしないことにした。
翌朝。
圭祐が仕事に出かけ、律子は朝の片付けをしながら、洗濯を始めた。
バンクーバーでは景観保護のため、洗濯物を外に干すことはできない。
洗濯機の上に設置された乾燥機を開けて、洗濯物を移そうとした瞬間——
「……えっ?」
扉を開けた途端、中から勢いよく衣類がこぼれ出た。
色褪せていないタンクトップ、繊細なレースのついたインナー、そして明らかに日本の某ガーリー系ブランドのタグ。
サイズ感からして、自分のものではない。圭祐のでも、もちろんない。
その一つひとつが、まるで律子の手の中で冷たい証拠品へと変わっていく。
「誰の……?」
口の中が乾く。心臓の鼓動だけが耳の奥でやたらとうるさい。
血の気がすーっと引いていくのが、自分でもわかる。
圭祐が言っていた。「ここは、律子と一緒に住むために用意したんだ」
——じゃあ、この服たちは、誰の?
リビングに戻ることもできず、その場に立ち尽くしたまま、律子はただ乾燥機の前で震えていた。
ひんやりとしたバンクーバーの朝の空気が、背筋をぞわりと撫でた。