2-1 遥かなる旅路の果てに
成田空港はすでに夏の気配をまとい、朝から湿気を含んだ空気がまとわりつくようだった。
6月中旬、律子は長袖のブラウスをまくりながら、出発ゲートをくぐる。
「いよいよか……」
機内に足を踏み入れた瞬間、ふわりと漂う冷気に少しだけほっとする。
JALのビジネスクラスは広々としており、背中を預けると、長い旅路を包み込む優しさを感じた。
窓の外では、蒸し暑さの中にかすんで見える滑走路が後ろに流れ、離陸と同時に東京の街がどんどん小さくなっていった。
律子はその光景を、まるでひとつの季節が終わるかのような気持ちで見送った。
圭祐は隣で何か資料を読んでいたが、律子はあえて話しかけず、ヘッドレストに頭を預ける。
(もう……受け入れるしかないんだ。やるしかない)
目を閉じながら、ゆっくりと呼吸を整える。
ここから先は、自分がどう生きていくかにかかっている。
圭祐に流されるのではなく、自分の足で立たなくては──そう、静かに決意する。
約9時間後、飛行機はバンクーバーの空港に滑り込んだ。
青い空が広がり、湿度のないカラッとした空気が肌に心地よい。
成田の蒸し暑さが嘘のようで、空気まで違って感じられる。
(同じ6月なのに……こんなに違うんだ)
律子は窓の外に広がる緑と、遠くに見える山並みに目を細めた。
入国審査を抜け、二人はタクシーに乗り込む。
空港を出た瞬間、律子はもう一度深呼吸をした。
車窓からはバンクーバーらしい落ち着いた家並みと、美しい自然が続いている。
(この街で……私はまた、やり直すんだ)
タクシーは静かに走り出し、律子の新しい生活へと向かっていった──。