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一泊、そして旅立ち

翌朝、羽田近くのホテルのロビーで律子と圭祐は合流した。

前夜のわだかまりはまだ完全には溶けていなかったが、律子の表情にはほんの少しだけ、柔らかさが戻っていた。


「朝ごはん、もう食べた?」


「……ううん。まだ」


そうしてタクシーに乗り、ふたりは圭祐の実家へと向かった。


車窓に映る風景が徐々に変わっていく。

東京の下町らしい、人情味あふれる町並み。銭湯の煙突が夕空に立ちのぼり、近所の人たちの挨拶が交わされる路地。

そんな中にある一軒家。玄関脇にある小さな植木鉢には、義母が「近所の人にもらったの」と言っていたパンジーが色とりどりに咲いていた。


「おかえりー!りっちゃん、待ってたよ!」


引き戸を開けて出てきたのは、エプロン姿の圭祐の母だった。

料理は苦手だと言っていたが、その笑顔と声には包み込むような温かさがあった。


「……お邪魔します」


「お邪魔なんて、やめて~。りっちゃんはもううちの家族なんだから!」


銭湯の番台横にある住居スペースに通されると、テーブルにはデパ地下のおにぎりとサラダ、そして買ってきたばかりのお惣菜が並べられていた。


「料理は苦手なのよ。でも、お腹は空くでしょ? りっちゃん、遠慮せず食べてね」


「はい、ありがとうございます」


温かいお茶を差し出され、律子は小さく笑った。

味じゃない、心なのだ――そう思わせてくれるおもてなしに、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「バンクーバー行くんだってねぇ、すごいわ~! 空港の写真、あとで送ってね。番台の後ろに飾っちゃおうかな」


「え? そんな……」


「なに言ってるの! うちの自慢の嫁だもん」


その言葉があまりにもまっすぐで、律子は思わず笑いながらも、涙を堪えるのに必死だった。


(この人たちの前で、「もう無理」なんて言えるわけがない――)


夜、ふたり用にと敷かれた布団に入り、律子は目を閉じた。

眠れぬまま思い出すのは、母の電話越しの言葉。「夫婦はこの先にもいろんなことがある。乗り切りなさい」と。


(私はまだ、ほんの入り口に立ったばかり。バンクーバーで、もう一度考えよう)


翌朝、駅までの見送りには、義母だけでなく圭祐の父も番台から抜け出して来てくれた。

「気をつけてな」「たまにはこっちにも帰っておいでね」と言いながら、手を振ってくれる姿がじんと胸に刺さる。


成田空港。JALのチェックインカウンターで搭乗手続きを済ませ、出国ゲートへと向かう途中。


「……行こうか」


圭祐の言葉に、律子はそっと頷いた。


日本の空の下、たくさんの感情を置いて――

新しい国、新しい暮らし、そして新しい自分に向かって、旅が始まる。

これで一章終了です!

お読みいただき、ありがとうございました。

次はいよいよバンクーバー編スタートです!

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