Albero genealogico dell'esorcismo. 悪魔祓いの家系図 I
「コンティ家は、中世の初期ころまで悪魔祓いの家系だったんです」
アノニモがベッドのまえで話しだす。
「聞いたことはないが」
「十世紀あたりまでの話ですから。そのころにもすでに、ほとんどやってはいなかったようですが」
アノニモが説明する。
「家業のようなものとして表立ってやっていたのは、七世紀くらいまでですかね」
アノニモがゆっくりと腰に手をあてる。
「もちろんコンティ家のすべての者が悪魔祓いに携わっていたわけではありません。資質のある者とない者とはいた」
「資質のある者が担っていたわけか」
「ええ」
アノニモがうなずく。
「資質のある者にも二通りあって」
アノニモが二本の指を立てる。
「悪魔を屠る能力をもつ者と、悪魔を強引にしたがえ使役する能力をもつ者」
礼拝所でアノニモが呼びだした者たち。
あれは女悪魔の同族と言っていたが。
「当時は為政者にも頼りにされていて、その功績で爵位を賜わったわけですが」
アノニモは言った。
「その後の時代に教会が力を持ちはじめたので、面倒な争いを避けてふつうの領主の家に移行していったわけです」
アノニモがヘッドボードの上にある絵画を見上げる。
「コンティの紋章が、なぜ薔薇なのかとさきほど言いましたが」
アノニモがそう続ける。
「たしかなことは私にも分かりませんが、おそらく殉教をあらわす薔薇の花を紋章にして、教会と対立する気はないと暗に示したのかと」
「それで」
ランベルトは切りだした。
「その悪魔祓いの能力をもった者は、いま一族内にいるのか」
アノニモがこちらをじっと見る。
「そこまでは分からないか?」
「まずは、おそらくあなたが」
ランベルトは眉をよせた。
「悪魔祓いなどやったことはない」
「資質のある者という意味です。女悪魔があなただけたぶらかせずにいたでしょう?」
アノニモが言う。
「そもそもあの者たちと会ったのは、礼拝所がはじめてだが」
「以前から何かしらの接触はしていたのだと思いますよ」
アノニモは言った。
「それでどうにもならなかった。それどころか完全に正気を保って、お父上の説得まではじめたので、あなたを自分たちの世界に引きこんだ」
アノニモが指先で仮面をおさえる。
「私と逢ったあの夢とやらです」
ランベルトはいまだ信じることができなかった。
信仰に関する教育はされていたが、じっさいには悪魔など想像上のものだと認識している。
「あなたに能力があるとしたら、屠るほうの可能性が」
「なぜ分かる」
「使役するほうの者は、代々押しの強い性格の者が多いみたいですから」
ランベルトはつい目を丸くした。
ほんとうのことなのか、それとも冗談か。
「……押しが弱くて悪かったな」
ランベルトは眉をよせた。
ふいにアノニモがベッドに近づく。
ランベルトを背中に庇う位置に立った。
空気がぐらりとゆれる。
壁にしつらえられた大きな鏡のまえに、長身の男性がいた。
良家に仕える従者のような服装。
胸に手をあて、深々と礼をする。
「とつぜんの入室、失礼いたします。コンティ家のランベルト君とお見受けいたします」
鏡をぬけてきたのか、いきなり空中からあらわれたのか。
ランベルトは、座った姿勢でわずかに後ずさった。
答えてもよいのかとアノニモの顔を見上げる。
「貴殿は?」
アノニモがしずかな口調で応じた。
「主人より、ランベルト君の居どころの確認をおおせつかりました。従者のバルドヴィーノと申します」
「確認のみか」
アノニモが尋ねる。
「確認のみでございます」
バルドヴィーノが顔を上げる。
整った精悍な顔立ちだ。
男性的な色香のある切れ長の目。長い灰髪をうしろでひとつに束ねている。
ふとランベルトは、おかしな感覚を覚えた。
この男と、どこかで会わなかったか。
「ほんとうに確認だけか?」
アノニモが問う。
「そちらの仮面の御仁は、勘違いをなさっている」
バルドヴィーノが微笑する。
「われわれは言われているほど残虐な方法はとらない。おだやかに合理的な方法で目的の方とお近づきになるだけです」
「貴殿の仲間の女どもは、もっと正直だったが」
「どの女どもでしょう?」
バルドヴィーノが唇のはしを上げた。
「父をああまでしたのは……!」
「ランベルト」
つい声を上げてしまったランベルトを、アノニモが制止する。
「こんな者の話をまともに聞くことはありません」
「ずいぶんですね」
バルドヴィーノが苦笑する。
「こう言っては何だが、あなたはランベルト君に仕えはじめてまだ間もないのでは」
ランベルトは眉をひそめた。
ここの使用人の顔ぶれでも把握しているのか、それとも当てずっぽうか。
「ランベルト君」
バルドヴィーノはこちらに目線を向けた。
「出逢ったばかりの顔をかくした男を信用できますか?」
バルドヴィーノがおだやかな笑みを浮かべる。
「もしかしてその女どもとやらと共謀しているのは、そちらの仮面の御仁のほうかもしれない」
「聞かないでください。心理をぐらつかせるのが彼らの手口の一つなんです」
アノニモが言う。
「かといってランベルト君は、貴殿を信用しているのか?」
バルドヴィーノがククッと笑う。
「とうぜん。契約者にたいする愛情がちがう」
アノニモが答える。
どこまで本気で会話をしているだろうとランベルトは顔をしかめた。
人の心をぐらつかせるのが悪魔の手口なら、心を撹乱するのがアノニモの手口ではないかと思う。
「バルドヴィーノと言ったか」
ランベルトはそう呼びかけた。
「あなたの主人は、私の居どころだけを確認しろと言ったのか」
「おっしゃる通り」
バルドヴィーノが答える。
「何のために」
「お気に召されているからではないでしょうか」
ランベルトは従者の表情をじっと見た。
「あなたの主人の名は?」
「いまのところは差しひかえさせていただきたく」
「人のことが言えないのでは?」
アノニモが横から口をはさむ。
「わたくしの主人は、いずれ改めてごあいさつするつもりでおります」
「改めて? 私がすでに知っている人物なのか?」
ランベルトは問うた。
「追求するのはやめましょう、ランベルト」
アノニモが制止する。
「従者が仕えているのなら、この者の主人は男性です。気に入ったなどと、いかがわしい」
「何ごとも例外はございます。主人は女性です」
バルドヴィーノは答えた。
「非常におうつくしい方です」
ランベルトは眉をよせた。
このセリフをどこかで聞いた。
「いずれにしろ確認はできましたので」
バルドヴィーノが一礼し、後退して鏡のまえ立つ。
そのままさらにうしろに下がり、鏡に溶けるように消えた。
「ええと」
ランベルトはその様子をながめた。
つぎつぎと非現実的なことが起きて理解が追いつかない。
「……あれを撃てばよかったのか?」
アノニモは答えなかった。無言で自身の横のあたりの空間を見る。
何も見えないが、アノニモの背後の空気が部分的に歪んだように感じられた。
「探れ」
アノニモは見えない何かに命じた。