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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio due 死者の部屋
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Stanza della persona morta. 死者の部屋

「ああ言ってしまった以上、しかたない。別室で往診を受けているふりでもしましょうか」


 ランベルトについて廊下を歩きながらアノニモが提案する。

 コンティ家の屋敷は、古いが廊下は改装して窓ガラスを入れていた。

 昼すぎの陽光が、(にご)ったガラスを通してやわらかく射しこむ。

「勝手に医師の往診などと言うから」

「先に体調不良とウソをついたのはあなたでしょう」

 アノニモが答える。

 ランベルトは、半歩ほどうしろをついてくる仮面の霊をふり返った。

「ほんとうに傷をかくすための仮面なのか?」

「いいえ」

 アノニモがしれっと答える。

「傷などありませんよ」

「ではなぜ仮面などつけている」

「言ったでしょう。あなたが見たらおどろいてしまうくらい可愛らしい顔をしているんです」

 何としてもはぐらかす気だなとランベルトは思った。

「あいている客室ならまあ往診のふりもできるが……」

 階段ホールにさしかかったとき、もういちどランベルトは振り返った。

 背後にいたはずのアノニモがいない。

 途中にある部屋のドアを開け、なかを覗ている。

 ランベルトはつかつかと廊下をもどり、声を荒らげた。

「何を勝手に見ている」

「いえ」

 アノニモが静かにドアを閉める。


「十五年まえに亡くなった兄の部屋だ」


 ランベルトはそう説明した。

 アノニモが閉めたドアをながめて微笑する。

「ほぼそのままのような様子でしたが」

「そのままだ」

「そういうものですか。十五年も経つのに」

 ランベルトはふたたび廊下を歩きだした。

「片づける理由もないというか」

「ご本人がもどられるわけでもないでしょうに」

 アノニモがまた半歩うしろをついてくる。

「もどってほしいと思ううちに、片づける機会を(いっ)するのだろう」

「そういうものですか」

 アノニモがつぶやく。

「当時は子供だったのでよく分からん」

「おいくつでした」

「九歳だ」

 ランベルトは答えた。

「兄上はいまの私と同じくらい。歳が離れていた」

「お嫌いだったのですか?」

 アノニモが尋ねる。

「なぜ」

「何となくです」




 一階、玄関ホールわきの廊下ぞいにいくつか並んでいる客室。

 ランベルトはいちばん手近な部屋に入った。

 中央に大きめのベッドがしつらえられている。暖炉(だんろ)のまえにはテーブルと(ひじ)かけ椅子。

 暖炉の上とベッドのヘッドボードには、コンティ家が支援している画家の絵がかざられている。

 コンティの紋章にちなんだ薔薇が必ずどこかに描かれていた。

 ベッドに座り息をつく。

「ダニエラ殿はいつまでいるのかな……」

 アノニモは入口ドアのそばに立っている。

 ほんとうに従者をつとめているかのようだなとランベルトは思った。

「深層のご令嬢だ。そう遅くはならないうちに帰られるとは思うが……」


「ランベルト、銃は?」


 アノニモがドアのほうを向いて問う。

「護身用にあるにはあるが。私室に」

「私室ですか」

 アノニモが答える。

「あつかえますか?」

「いちおう」

「ではいざというときは、それで対応してください」

「いざというときとは?」

 ランベルトは顔を上げた。

「先日の女悪魔のようなものが、また接触してくるかもしれませんので」

 ランベルトは、警戒するようにドアを伺う仮面の霊を見た。

「あれは悪魔だと言ったな」

「左様」

「拳銃の弾がそもそも効くものなのか?」

「……ひるませるくらいなら」

 アノニモが答える。

「悪霊も十字架と聖書で退散したりするでしょう?」

「知らん」

 ランベルトはそう返した。

「銀の銃弾とかそういったものでなくては効かないのでは?」

「あれは単に、古代の時代に銀が神聖なものと思われていたところからきた考えです」

 アノニモは言った。

「古代には、オリハルコンのほうがもっと神聖だった」

「ではそのオリハルコンでなくてはならんのか?」

「オリハルコンの正体は、真鍮(しんちゅう)です」

 アノニモが説明する。

「……銀より安物ではないか」

「銀は毒の混入を知らせてくれる金属として、真鍮(しんちゅう)はきわめて()びにくいところから、それぞれ奇跡の金属と信じられていた」

 アノニモがこちらを向く。

「けっきょく何でもいいんです」

 こちらに歩みよる。

「つかう人間の資質の問題だ」

「資質?」


「お話、少々長くなってもよいですか」


 アノニモがベッドのそばで立ち止まる。座ったランベルトを見下ろした。

「まあ……夜までかかるのでなければ」

 父の代理でやっている執務が気になるが、とりあえず急ぎの用事はない。

「逢いびきの約束などは」

「ない」

「一人くらいいないのですか」

 アノニモが呆れたような声を上げる。

「なぜ責められなくてはならないのだ」





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