La fine dell'amore proibito. 禁断の恋の行方 II
「ほんとうにパトリツィオか……」
ガエターノは詰めよった顔を呆然とながめた。
パトリツィオが小さく舌打ちする。
「……おまえだけは会うつもりはなかった」
「やはりか。避けられているのだろうとランベントには話していた」
ガエターノが苦笑する。
「笑っている場合か」
パトリツィオが声音を落とす。
「ランベントがもし命を落としていたら、即座におまえの首をかっ切りに行くところだった」
ガエターノが複雑な表情でパトリツィオを見る。
「どこぞの外国の童謡ばりにな」
「 “おまえをベッドに案内するロウソクが来たた、おまえの首をかっ切りに首斬り役人が来た” か」
ガエターノが笑う。
「幼少のころ、この童謡であなたに脅かされたな。なつかしい」
歳が離れていたランベントにくらべ、ガエターノのほうがパトリツィオと接していた思い出は多い。
「そうなればクラリーチェは、わたしから解放されて晴れてどこぞのよい御家に嫁げるのかな」
ガエターノは自嘲するように口の端を上げた。
「ほかにやりようはなかったのか」
ガエターノが切なそうな表情でパトリツィオを見る。
なんども考えたのだと言いたげだ。
それこそ気がすり減るほど考えて、道ならぬ想いを否定しようとしたのだと。
パトリツィオがこちらをふりむく。
「ランベント、向こうに帰ったらおまえの権限でこいつを一族追放にしろ」
「え……」
ランベルトは叔父を見た。
ガエターノが、すっかり受け入れたというように微笑する。
「それくらいですませてくれるのか」
「兄上、権限があるのは、父う……」
「うるさい」
パトリツィオは弟の言葉を制した。
「役立たずは無視しろ。おまえが代行でいい。私がゆるす」
「ゆるすとは……」
こちらを現在の跡継ぎと認めておきながら、いざ重要な判断となると自分が主導権を握るのなのだなとランベルトは困惑した。
「ポンタッシェーヴェの所有地の管理は、今後はほかの親戚に任せることにする。おまえは遠方の土地に移住ということでいいな」
パトリツィオが厳しい口調で言う。
「娘は、ランベルトが直接会って意思を確認する。おまえについていくという意志がほんとうなら、ともに移住を許可する」
「……私が聞くのか？」
ランベルトは戸惑った。
色恋沙汰に介入するのは苦手だ。ましてそれが、道ならぬ恋とあっては。
「当主の代行をつとめる立場は、おまえのほうだろう」
すました顔でそう言うパトリツィオに、ランベルトは「は……」と気の抜けた返事を返してしまった。
面倒なところだけ押しつけていないか。つい勘繰ってしまう。
「それでいいな」
パトリツィオが話を強引に終わらせる。
ふたたびランベルトの手首を強く引いた。
分岐した廊下の片方を迷いなく選んで先にすすむ。
相変わらずの暗さに、ランベルトはバランス感覚が定まらずやや脚を縺れさせてついて行った。
時おり壁にある燭台に火が灯されていたが、ランベルトの目にはほとんど助けにならない。
壁も床も石造りらしく、三人分の靴音がカツカツと響く。
「パトリツィオ」
うしろをついて来ながら、ガエターノが呼びかける。
微笑していると思われる口調だ。
「罰を受ける者が、何をへらへらと笑っているか」
パトリツィオはふりむかずにそう嗜めた。
「馬鹿者が」
「パトリツィオ」
ガエターノが、もういちど呼びかける。
「……あなたが生きていたら、相談していた」
そう言う。
「そうすれば、もう少し違う選択ができたかもしれない」
パトリツィオは無言だった。
ガエターノがかまわずにつづける。
「こんな選択をしてしまうまえに、いちどあなたと話をさせてほしかった」
ランベルトは、うす暗い視界にぼんやりと浮かぶ兄の背中をながめた。
答えてはやらないのだろうか。
代わりに何か声をかけてやろうかと、叔父のほうをふりむく。
「……馬鹿者」
先にパトリツィオが声を発した。
「道ならぬ恋などに理解があるとでも思っているのか」
切ない口調に感じられる。
内心では、死んで何の相談にも乗れなかった自身を責めているのだろうか。
ガエターノが、ククと短く笑う。
「少なくとも、私が知る人のなかでいちばん頭が固そうではない」
「何だそれは」
パトリツィオはそう返した。
それ以降は何も言わず、無言でランベルトを先導する。
「ランベルト」
ガエターノが、小声で話しかけてくる。
「……よくやった」
ランベルトは叔父のほうをふりむいた。たしか大広間を出るさいに兄にも同じことを言われた。
「正直パトリツィオも、犠牲をなるべく出したくなかったと思うよ。おまえがお人好しな提案をしてくれたので最後は助かったと思う」
コツコツと靴音が響いた。長い廊下だ。どこまでつづくのか。
「パトリツィオ対ダニエラ殿では、おたがいに引っこみがつかなくて虐殺がエスカレートしていくところだったろうからな」
「聞こえているぞ」
先導をしながら、パトリツィオは声音を落とした。
